(あらすじ)
近未来。人類の中に突然変異で特殊な能力を持った超人、通称ミュータントが誕生した。ミュータントとして生まれた者は、他の大多数の一般市民から恐れられ、疎まれる存在となるのだった。
正義のミュータント、プロフェッサーXはミュータントの為の専門学校を作り、そこは社会から阻害されたミュータント達を唯一受け入れてくれる場所となる。
一方、悪のミュータント、マグニートーは、自分を迫害した人類を恨み、復讐をしてやろうと密かに企んでいるのだった。
(感想)
数あるコミックヒーロー映画の中で、私が唯一、原作を知っていたのがこの「X−MEN」でした。と言っても、コミックを読んだというわけではなく、一時期テレビ東京で夕方に放映していたアニメを見ていただけなんですが(コミックとは微妙に違うストーリーらしいですね)。
それでも、コミックもアニメも全く見たことの無い他のコミックヒーロー映画に比べたら、かなりとっつきやすい映画ではありました(「スパイダーマン」もずっと昔にアニメを見てたような気がするんですが、よく覚えてません)。
しかし、この映画版「X−MEN」、あんまり「コミックヒーロー映画」という感じがしないんですよね。むしろ、「ロボコップ」みいな、“SFヒーローアクション”のような印象です。
原作自体、スーパーパワーを持った超人がチームで出てくるという、他のコミックヒーロー物とは少し違うものであるという事もあるんでしょうし、ヒーロー達が原作そのままのコスチュームを着ていないという、美術面の印象も大きいです。
それに、ミュータント達がスーパーパワーを持っている事を、一般の人々が恐れている、というのもありますね。これこそ、この物語の根幹といってもいい要素で、他のコミックヒーロー物は、主人公がスーパーパワーを使って悪人を倒してくれる事をお約束として有り難がってくれますが、「X−MEN」では、“未知の能力”という事で恐れられてしまうんです。
これは、コミックヒーロー物よりも、超能力物に近い感じですね。例えば、スティーブン・キングの「デッドゾーン」のような。
このように、一種、独特な印象のあるところが、この映画版「X−MEN」の面白いところです。コミックをただ実写化しただけではなく、映像的なアレンジを加えた映画化になってるところは大変素晴らしいと思います。
ただ、内容的にはそんなにアレンジされてるわけではないんですよね。登場キャラも普通の映画に比べるとかなり多くて、原作を知ってないと混乱しかねないほどです。
特に、サイクロップスが、“目を開けてる限りビームが勝手に出続けてしまう体質(?)な為、特殊なゴーグルを付けている”、という設定は、セリフで出てくるわけではないので、知らない人は、サイクロップスがゴーグルを外されて苦戦するシーンで混乱してしまうんじゃないかと心配です。
まあ、私はマグニートーの仲間3人以外は知ってるキャラだったので混乱は無かったからいいんですけどね(ほんとに心配してるのか・笑)。
でも、その多数登場するキャラクター達を演じる俳優のキャスティングはかなり絶妙でしたね。特にスターが出ているわけでもなく(当時は)、原作とイメージの違う人もいるんですが(マグニートーなんか、爺さんになってしまったし・笑)、“違和感”というのは全然感じないですよね。ただ、プロフェッサーXは原作そのままという感じでしたが(笑)。
アクションシーンの演出は、かなり「マトリックス」の影響を感じられるものになってて、公開当時は、一部から「またマトリックスもどきか」みたいに思われていたようです(ちなみに、私も思ってました・笑)。
でも、今ではこんな感じのアクション演出はもうスタンダード化してる感があるので、この映画も今見ると、もう普通のアクションシーンですね。
監督・共同脚本:ブライアン・シンガー
音楽:マイケル・ケイメン
出演:パトリック・スチュワート(プロフェッサーX/チャールズ・エグゼビア)
イアン・マッケラン(マグニートー/エリック・レーンシャー)
ヒュー・ジャックマン(ウルヴァリン/ローガン)
アンナ・パキン(ローグ/マリー・ダンキャント)
ハル・ベリー(ストーム/オロロ・マンロー)
ファムケ・ヤンセン(ャWーン・グレイ)
ジェームズ・マーズデン(サイクロップス/スコット・サマーズ)
レベッカ=ローミン・ステイモス(ミスティーク/レイベン・ダークホルム)
タイラー・メイン(セイバートゥース/ビクター・クリード)
レイ・パーク(トード)
ブルース・デイビソン(ロバート・ケリー上院議員)