
監督:ジェームズ・マンゴールド
脚本:マイケル・クーニー
音楽:アラン・シルベストリ
出演:ジョン・キューザック(エド)
レイ・リオッタ(ロード)
アマンダ・ピート(パリス)
ジョン・ホークス(ラリー)
アルフレッド・モリーナ(医師)
クレア・デュバル(ジニー)
ジョン・マッギンリー(ジョージ)
ウィリアム・リー・スコット(ルー)
ジェイク・ビジー(ロバート)
プルイット・テイラー・ヴィンス(マルコム)
レベッカ・デモーネイ(カロライン)
記録的な豪雨の降る中、一件のモーテルに数人の人が集まって来ていた。
最初に来たのは夫のジョージ、妻のアリス、息子のティミーの家族。だがアリスは交通事故に遭ったとのことで酷い怪我を負っていた。
そして、アリスを撥ねた張本人であるエドと、エドを運転手として雇っているかつての人気女優カロライン。
エドは救急車を呼ぶために電話をかけようとするが、モーテルの電話は不通となっていた。そこで、病院へ救急車を呼びに行くために一人、車で出て行く。だが、道路が冠水し、車の通れるような状態ではなかった。
同じように、道路の冠水の為に足止めを食っていた新婚夫婦のルーとジニー、車が故障して動けなくなっていた娼婦のパリスらと共にエドはモーテルに戻る事となる。
さらにモーテルには、囚人を移送中の刑事、ロードが訪れる。管理人のラリーを含め、モーテルには11人の人間が揃った。
その晩、一人また一人とモーテルの客が殺されていくこととなる。そして、死体の傍らには必ずモーテルのルーム・キーが一つ置かれ、その番号は10、9、8、、、とまるでカウントダウンのように数が若くなっていく。
いったい、犯人は誰なのか?そしてその目的は・・・?
基本的には「誰が犯人なのか?」というのを考えながら見て行く事となります。登場人物は11人と多いですし、何やら別の場所では死刑囚の再審理が行われていたりするようですが、モーテルの事件との関連は不明。と、最初の状況からして複雑で分かりづらそうな感じがありますが、話は意外にすっきりしているし、登場人物も順番に出て来てくれるので、「物語に入る以前の段階で戸惑う」という事はほとんど無いです。
また、そのストーリーも「んなアホな」とか「こんなの、作者以外に分かるわけないじゃん」というものではなく、見終わった後は「な、なるほど・・・!」となるようなものになっています。
製作者は、過去に『スクリーム』シリーズを手掛けているキャシー・コンラッド(実は監督のジェームズマンの奥さん)ですが、『スクリーム』の犯人よりは理にかなってます。あちらはメインの要素は“ホラー”でしたが、こちらは“ミステリー(またはサスペンス)”ですからね。
そして、間違いなく実力派である監督のジェームズマンG(←略)の構成と演出の素晴らしいこと。こと、ドンデン返し映画の演出においては『シックス・センス』のシャマランより上かもしれません。
また、ドンデン返しは、これまで想像だに出来なかったような事がラストに突如として突拍子も無く明かされるというものではなく、うまく推理すれば、ラストで観客の前に明かされる前に予測出来得るものになってます。なので、これまでのドンデン返し系映画よりも「推理する楽しさ」があるかもしれません。「なんだか地味そうだな」思って敬遠してる人も、ぜひこの映画に“チャレンジ”してみてはどうでしょうかと勧めてみたい。
ちなみに、重ねて言いますが、ラストでは「予想だにしない結末」が出てくるわけではなく、「ああ、そういう事だったんだぁ!」と思うような結末になっていますので、妙な期待はしないでください(笑)。ラストで観客を驚かす映画ではなく、ラストまでに観客に推理をさせる映画ですので。
さて。かくいう私も、かなり手強い映画だと聞いていたので、見る前からあらゆる可能性を考え、映画を見ながらも色々考え、予想しながら見てました。
どちらかと言うと、ストーリーを追って考える“理詰めの推理”ではなく、“映画的に、こうなったら観客はビックリだろうな”という、製作側の思惑の裏をかいてみるという考え方で見ていました(ちなみに、この推理法で『シックス・センス』や『マッチスティック・メン』のラストも当てました。ただ、『スクリーム』シリーズの犯人予想では全敗でした・笑)。
で、中盤までには犯人のだいたいの見当を付けていました。
が!
終わってみたら見事に騙されていた事に気付かされました。確かに、当初見当を付けていた奴が犯人だったんですが、最終的に、当初考えていた予想と違う事をラスト手前まで思わされていたんです。
ですが、スクリーンに映されるドンデン返しな結末を見てる間は「?」という感じでしたね。もう、自分がハメられていた事にも気付いてないみたいな状況でした。「あれ?確か私はこいつを容疑者にしていたはずだぞ?」みたいな。
この、私のあまりに無残な敗れっぷりは、エンドクレジットの最中、思わず変な笑みを口元に浮かべてしまったほどです(謎)。あそこまでこの映画の謎に対して警戒していたのに(笑)。
これは脚本よりも構成と演出によるところが大きかったような気がします。あと、俳優陣の演技ですね。もちろん、私の思考法にも問題があったんでしょう(笑)。
ちなみにこの映画、ただラストが凄いだけの映画じゃありません。ドンデン返しを含めた「犯人捜し(または犯人予想)」の要素も面白いですが、中盤までの、モーテルの客が一人づつ減って行く辺りの展開もよく出来ていて、常に一定の緊張感が画面から発せられているんです。さらに、ここぞというところではビックリ演出も出て来たりと、見ていて全く飽きさせません。
この完成度の高さは、何も考えずに見ているだけでも結構面白く見れるほどのものだと思います。何しろ、この手の映画を2回目以降に見る時は、もう推理する楽しさを味わう事が出来ないので、ストーリー展開の妙を楽しむのみとなってしまいますからね。ですがこの映画、多分「結末を知ってても面白い」というレベルまで行ってると思います。むしろ、2回目を見るのも結構楽しみだったりしてます(初見時の“推理しながら見る楽しさ”か味わえないのは残念ですが、まあ仕方が無いですね)。
他のキャストで私が知ってる人は、クレア・デュバルとジェイク・ビジーぐらいでした。クレア・デュバルは『パラサイト』『ゴースト・オブ・マーズ』で見ましたが、どれも怖い映画という共通点が(笑)。本人がこういう映画が好きで出ているのか、それともこういう映画の制作者に好まれるタイプの女優なのか。
ジェイク・ビジーは、相変わらず親父のゲーリー・ビジーとソックリですな(笑)。最初に出てきた時はゲーリーかと思ってしまいました。そもそも、演じる役柄も親父と似たような役が多いですよね。この映画、もし14、5年前に作られてたら、ロバート役はゲーリーがやってそうです(笑)。

さて、この映画、驚きの「2段ドンデン返し」を仕掛けてきましたね。
一つは、これまで見ていたモーテルでの殺人事件が“現実の出来事ではなかった”ということ。
何か反則みたいですが、宣伝やオープニングであれだけ「ドンデン返しがある」と言ってるんですから、この可能性も充分考えておける範囲内でしょう。
私自身も、同時進行で起こってるように見せられている“死刑囚の再審理”のシーンと“モーテルのシーン”は、違う時間で起こってる話じゃないかと考えてました。このモーテルのシーンで語られてる殺人事件は、死刑囚の「誕生」に関する事を表しているのでは?と。
上の方で、「中盤までに犯人の見当を付けていた」と書きましたが、その見当を付けていた犯人が、あの少年、ティミーでした。なぜそう思ったのかと言いますと、母親が交通事故に遭う寸前のシーンで、二人は窓ガラス越しに手の平を合わせてましたよね。で、事故の後、窓ガラスには手の跡が残っていたんですが、それがこの映画の海外版ポスターのデザインである“手形”を連想させる形に見えたんです。その辺から「ティミー犯人説」というのを考えつきました。全然理詰めの推理じゃないですね(笑)。
ですが、このモーテルの事件は過去の出来事を描いているんだと予想していたので、この時点では「モーテルでの殺人事件の犯人はティミーではない」と思っていました。そして、この事件が原因で精神を病んだティミーが将来殺人鬼となり、冒頭の再審理を受ける死刑囚になるのではないのかな?なんて事を思ってました。
ですが、エドが何やら怪しげな日記を持っていたのを見て「おや?」と思う私。
その後のモーテルの事件を見て行くにつれ、とても現実の世界では考えられない現象が起こるのを見るにつけ、「どうやら“過去の話”ではなく、“精神世界”か何かの世界なのか、ここは?」と思い始める(なぜ“精神世界”なんてものが思い浮かんだのかと言うと、昔、パソコンのゲームで「人の心の中に入れる特殊能力を持つ探偵」のゲームをやっていたので、多分、それの影響)。頭の片隅では、「それならティミーでも人を殺せるな」と思い始めるものの、「このモーテルにいる人が犯人とは限らない説」も頭の隅に無駄に登場。
また、映画を見る前から用意していた「死んだと思っていた人物が実は生きていて、それが真犯人説」もすぐに取り出せるようにしておく。
そんなこんなで映画は進み、第一容疑者のティミーが驚きの爆死。その後、第一のドンデン返しとなるわけですが、「全員の誕生日が同じ」というのが出て来た時点で、「ああ、ここの人達は全員、一人の人間の別人格なわけか」と思い当たり、見事正解。ここは思わずニンマリ。
ですが、ここから話が“モーテルでの殺人事件”=“犯人の中の多人格による内なる戦い”であり、“過去に大量殺人をした殺人鬼の人格を殺してしまえば死刑を免れる”、という展開になりました。
で、私はこのドンデン返しを見抜いたのに気をよくし、まんまと「ティミー犯人説」&「死んだと思っていた人物が実は生きていて、それが真犯人説」を忘却(笑)。劇中のジョン・キューザック同様、レイ・リオッタを殺せばハッピーエンドだと思ってしまいました。こいつには今までの殺人事件にアリバイがあったのに(笑)。
そして、映画はまんまとハッピーエンド的な展開になるものの、「これで終わるはずがないな」と思い直し、この後何が出てきたら驚くだろうと思い、「今、現実だと思ってる世界も精神世界なんじゃないのか?」などの適当な事を考え出す。
そして、ラストの第二のドンデン返しでティミー登場。こいつがモーテル事件の真犯人であり、殺人鬼の人格だった事が判明。
「あれ、でもこいつ、最初に怪しいと睨んでた奴だぞ?」と思い、戸惑う私。
そして、どこで私が犯人予想をやめたのかを思い出し、「第一のドンデン返しが分かりやすかったのは、あそこで私に推理ゲームは終了と思わせるためなのかッ!?」と驚愕(多分、そういう事では無い)。
う〜む、全員が同一人格であり、その中に殺人者の人格が紛れている、という段階でティミー犯人説を復活させてれば、もしかしたら結末を読めたかもしれなかったんだなぁ。
まあ、基本的に私の脳は「論理的な推理」が出来ないような創りになっているので、きっと「結末を完全に忘れて、またチャレンジ」しても、同じような結果になるんだろうな(←なんて言い訳だ・笑)。
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