
監督:アレックス・プロヤス
原案・脚本:ジェフ・ヴィンター
原典:アレックス・アシモフの著書
製作総指揮:ウィル・スミス
美術:パトリック・タトポロス
音楽:マルコ・ベルトラミ
出演:ウィル・スミス(デル・スプーナー)
ブリジット・モイナハン(スーザン・カルヴィン博士)
アラン・テュディック(サニー)
ジェームズ・クロムウェル(アルフレッド・ラニング博士)
ブルース・グリーンウッド(ローレンス・ロバートソン)
エイドリアン・L・リカード(祖母)
チ・マクブライド(ジョン・バーギン警部補)
近未来を舞台とした刑事物アクションです。一昔前は、近未来と言えば退廃的なビジュアルになったものでしたが、最近は、そうでもないケースが多いようです。
この映画、比重はサスペンス寄りなんですが、「謎解き」という要素はあまり無かったですね。事件の真相も、「アクション映画で出てくる謎」レベルのもので、知的な興奮はほとんど感じられませんでした。
「ロボット三原則」により、殺人を犯せるはずのないロボットが殺人の容疑者となった事の真相は、終盤で謎が明かされた時も「な、なるほど!」ではなく、「ふ〜ん。」と思うような感じです。
つまらなくはないんですが、期待をすると肩透かしを食うような感じですかね。
そして、その代わりと言ってはなんですが、アクション演出はかなりのレベルでした。
まず、主人公を演じるウィル・スミスが、もう、超クールです。何か、この手の映画の主演にかけては、もはやベテランの域に達してるなと思えるぐらい、完璧に映画をスターパワーで引っ張っていましたね。素晴らしい。やっぱり、スターが輝いてる映画は見てて面白いですし、何よりも、安心して見ていられます。
走ったり飛んだりといった、体を使ったアクションも身軽にこなしていましたし、銃撃アクションも様になってました。それに、体もこれまで以上のムキムキマッチョで、わざわざ全裸でシャワーを浴びるサービスショットも見せてくるほどです。
今回は製作にも名を連ねてるだけあり、自分の魅せ方にも力が入ってるようです(何なら、『MIB』の時みたいにエンディング・テーマも歌ってくれれば良かったんですが)。
このままでは、ウィル・スミスの俺様映画みたいですが、この映画を見て印象に残るのはウィルだけではなく、ロボット達も強烈な印象を残してきます。
デザインから動きまで何ともユニークで、特に“サニー”は、主役を食う勢いの大活躍を見せてくれます。
オールCG製のキャラですが、『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラムとほぼ同じ手法を使っているので、動きも表情もとんでもなくリアルです。ロボット的にはリアルとは言えないかもしれないですが、映画的にはリアルな存在でしたね。
また、何となく『ロボコップ』のマーフィを思い出させるような、いいキャラクターでもありました。
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ウィル演じるスプーナー刑事がロボット嫌いになる原因となった事件ですが、「効率優先で、いわゆる人情が無い」という行動をロボットがとった所からロボット嫌いが来ている、というふうに語られていました。クライマックスで、スプーナーはまた似たような状況に置かれる事となりましたが、スプーナーから、その過去のエピソードを聞かされていないサニーが、スプーナーの言うところの“人間的な選択”を“自分の意志で”したというのはちょっと感動的でした。むしろ、人間よりも人間的みたいですよね。まあ、「自分がカルヴィン博士を助けに行って、スプーナーを下に行かせた方が結局効率がいい」という計算もあったかもしれないですが。
「感動的なロボットの行為」では、中盤、NS−5型ロボットがスプーナーにワラワラ襲いかかってくる所で、コンテナに積まれて廃棄処分待ちの旧型NS−4型ロボットが「人間に危険が!」みたいな事を言って助けに現れた所も印象的でしたね。
この、“全然報われないのに人間の為に尽くしてくれている様”を見ると、「何てイイ奴らなんだ!」と思うのと同時に、妙に物悲しいような気分になりますね。そう言えば、同じような事を『AI』でのハーレー君の友達のクマロボットにも感じましたね。
さて、ラストではロボット嫌いのスプーナーが、義手ではない、生身の方の手でサニーと握手をするという、感動的な場面が出て来ました。
実は、クライマックスでスプーナーはロボット嫌いを克服したからという見方が出来るそうですね。それで、ここはスプーナーとロボットが和解をした事を表すシーンと言えるわけです。
ですが、このシーンの意味は、私は単純に「サニーがスゲェ奴だから」というふうに思ってました(笑)。ロボット嫌いの克服は関係なく、相手がサニーだからした握手なのかと・・・。
何せ、“自分の意志を持っている”という、明らかに他のロボットとは違う奴ですからね。スプーナーとは「アイコンタクト」で会話をするシーンもありましたし。
この「アイコンタクト」シーンは、見てて「おお〜っ!」とか思いましたね。劇中、最も印象に残ったのが、この、サニーがウインクをした瞬間のシーンかもしれません。
ところで、結局、真の敵は会社のビルを管理している人工知能で、事件の真相も「AIの反乱」という、『ターミネーター』や『マトリックス』みたいな話だったわけですね。
博士の死に関しても、“密室の研究室”“部屋にはロボット三原則により殺瑞lを犯せるはずのないロボットがいただけ”という事から、何かミステリー的なトリックがあるのかと思ってたんですが、「部屋にいたロボットは自分の意志で三原則を敗れる最新鋭高性能ロボットだった」というオチでしたからね。
ロボットにとって、三原則は絶対なのかと思ってたんですが、結局のところ、最新機種にとっては無視出来る程度の枷だったんですね。
SF映画において、「機械が知能を得た時、それは人間への反乱につながる」、というのがパターンです。先にも例を出しましたが『ターミネーター』も『マトリックス』もそうでした。この2作ではそのせいで人間社会は壊滅してしまいますが、この『アイ・ロボット』では二人の英雄の手によって機械の反乱は阻止されました。
その二人とは、「3度地球を救った男」ことウィル・スミス!そして、人の心を持ったロボット、サニー!
まさに、最強のタッグですな。
ただ、実は私、予告編を見ていた段階では、サニーは敵だと思ってました。でも、実際は「博士がマシーンの反乱を阻止する為に作った味方だった」というのには意表を突かれましたね。
一方、サニーと同様、学習能力のある人工知能を持った、敵の親玉VIKIですが、こいつの存在は、何だか『ユニバーサル・ソルジャー ザ・リターン』のSETHみたいでしたね。他にも、『2001年宇宙の旅』のHALとか、『ターミネーター』のスカイネットなんかもこれと同系統でしょうか。
『ユニソル』のSETHは、最終的にはマイケル・J・ホワイト化してヴァン・ダムに襲いかかってきましたが、この『アイ・ロボット』でもマッチョ化してウィル・スミスと戦って欲しかったなんて事を思ったりも(個人的には、そうなってくれた方が嬉しかったですが、一般的にはマズいでしょうね・笑)。
まあ、代わりに大量の敵ロボットを動員してきてくれたんで、よしとしますか。
でも、このVIKIとサニーは何が違うんでしょうかね。どちらも人工知能を持った存在なのに、なぜVIKIは人を支配しようとし、サニーは人を守ろうとしたんでしょう。
単純に、個性の違いなんでしょうかね。人間にもいい奴と悪い奴がいるように、人工知能にも、反乱を企てる奴と、目の前で苦しんでる人を助ける事を優先するようなナイスガイ風の奴がいるって事なんでしょうか。
そんな、ナイスガイロボットサニーですが、中盤、他のロボットと違って“ユニークだ”という理由で廃棄されかかりましたね。何だかこのシーン、「周りとちょっとでも違う性格の人は排他」という、現在、どこにでも存在しうる人間社会の現状を見ているようでしたね。