
監督:トニー・スコット
脚本:ブライアン・ヘルゲランド
原作:A・J・クィネル「燃える男」
音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演:デンゼル・ワシントン(ジョン・クリーシー)
ダコタ・ファニング(ピタ・ラモス)
クリストファー・ウォーケン(ポール・レイバーン)
ジャンカルロ・ジャンニーニ(ミゲル・マンサーノ)
ラダ・ミッチェル(リサ・ラモス)
マーク・アンソニー(サムエル・ラモス)
レイチェル・ティコティン(マリアナ・ゲレロ)
ミッキー・ローク(ジョーダン・カルフス)
そんな矢先、ピタが何者かに拉致されてまう事件が発生。その際の襲撃でクリーシー自身も瀕死の重症を負ってしまうのだった。
目が覚めたクリーシーに告げられる残酷な結末。クリーシーは悲しみを怒りに変え、ピタをさらった奴らを捜しだし、落とし前をつけさせてやろうと心に誓うのだった。
デンゼル・ワシントン主演、トニー・スコット監督という、傑作『クリムゾン・タイド』コンビによるバイオレンスなドラマです。
そして、そんな“静”の前半があるからこそ、余計に凄く感じられる“動”の後半。
と言いたいところですが、映像は前半の頃から常に忙しくチカチカしていたので、前半と後半が対照的という感じはあんまり無かったですね。
それにしても、今回のトニー・スコット監督はどうしてしまったんでしょうね。この映像への妙な凝りっぷりは。編集が忙しかったり、カメラをぶれさせたりといった技は以前から使っていましたけど、今回、輪をかけてそれらを全編使いまくってましたね。リドリー辺りに、その手法を批判でもされたんでしょうかね(それでムキになってるとか・笑)。
せっかく名優を使ってるんだから、もっとじっくり演技を撮ってもよかったと思うんですが、それを敢えてこういう派手目な撮影方法を用いたのにはどんな理由があったんでしょう。この忙しい映像を見せることにより、観客に何を感じて欲しかったんでしょう。その点が何か気になってしまいましたね。
考えられるのは、「メキシコという町の混沌とした所」か、「クリーシーの心情」辺りでしょうか。今思うと、クリーシーが平穏な状態だった時は、映像もあんまり荒れてなかったような気もするような・・・。その記憶が正しければ後者が理由なんでしょうかね。あるいは、全く別の理由があるのか。DVDが出たらこの辺り、確認しないといけないですね。
まあ、ともかく、後半は激しい復讐劇が始まる事となります。その理由は、ピタが誘拐され、身代金の受け渡しに失敗して殺されてしまったからです。最初にこの事を知った時は「え!?死ぬの!?」と驚いたものでしたが、死体はおろか、殺されるシーンも映してきまbケん。
これまでずっと出ていたメインのキャラが、突如として消えてしまうんです。跡形もなく。
これは、普通の映画ではあり得ない展開ですよね。ピタが死んだという事を言っているのは犯人だけなのに、それが実際はどうなのかに全く触れずに、ストーリーが先に進んで行くんです。
観客的には、「絶対生きてるな」と思うんですが、主人公のデンゼルは超猛烈な復讐をおっ始めてしまってるんです。これが、確実にピタが死んだ事が観客にも分かるように知らされていたら、ここのデンゼルの怒りを、見てる側も共に感じ、復讐劇にも力を入れて見入っていた事でしょう。でも、実際は「絶対生きてるな」思わざるを得ない状況なので、復讐に走るデンゼルの姿をなんとも複雑な気持ちで見る事となってしまいます。
「まさか、ピタの生死を曖昧にする事で、復讐という行為の是非を問うてるのか?」とも一瞬思ったんですが、そんな映画じゃないですよね、多分。
とは言え、ここでのデンゼルの行動の迫力は凄いです。一ヶ月ほど前に、壮絶な復讐劇を期待して、見事に裏切られた映画を見ていただけに、余計に凄く感じられましたね。
もう、完全に情け無用。悪党には死あるのみ。そして、そんな行動をとっているデンゼルのあの冷静な立ち居振る舞いの怖い事。冷静というより、冷徹ですかね。
ただ、この映画で一番怖いと思ったのは、メキシコという町の現状ですね(笑)。何か、この映画を見る限り(そして信じる限り)、ほぼ無法地帯じゃないですか。警察まで、当たり前のように悪者ですからね。よくあんなところに人が住んでるものですねぇ。
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