
監督・製作・音楽:クリント・イーストウッド
脚本・製作:ブライアン・ヘルゲランド
出演:ショーン・ペン(ジミー・マーカム)
ケビン・ベーコン(ショーン・ディバイン)
ティム・ロビンス(デイブ・ボイル)
マーシャ・ゲイ・ハーデン(セレステ・ボイル)
ローレンス・フィッシュバーン(ホワイティー・パワーズ)
ローラ・リニー(アナベス・マーカム)
トム・ギュイリー(ブレンダン・ハリス)
スペンサー・トリート・クラーク(サイレント・レイ・ハリス)
アダム・ネルソン(ニック・サベッジ)
ケビン・チャップマン(ヴァル・サベッジ)
エミー・ロッサム(ケイティー・マーカム)
かつて親友だった男達が、ある事件をきっかけに再会する、というストーリーは、『スリーパーズ』や『IT』を彷彿とさせますね。ですがこの映画は、その2作と大きく違う点があります。それは、3人の間に友情が無いところです。「昔友達だった知り合い」程度の関係なんですよね。宣伝では『スタンド・バイ・ミー』が引き合いに出されてましたが、この映画は決して友情のドラマなんかではなく、残酷な運命のいたずらみたいなものを冷淡に、そして淡々と描いた映画なんです。
監督のイーストウッド御大は、インタビューで最近の映画界について、「若者向けの映画ばっかり公開される」と嘆いていました。そして、同じように、世界中にはまだ何人も、「最近の映画はつまらない(またはついていけない)」と嘆いている映画ファンがいる事でしょう(まあ、いつの時代にも必ずいると思いますが・笑)。
この映画は、まさにそんな人達に向けて作られた映画なんでしょうね。“若者向けエンターテイメント映画”のまさに正反対な作りの映画です。だから、この映画を地味だとか暗いとか、ラストが酷いとか言って批判するのは全くの筋違いなんでしょう。何しろ、こういうのを見て喜ぶ人向けに作られてるんですから。
本来なら、ミニシアター系の映画館でひっそりと公開されるのが似合うような映画だと思うんですが(だって、明らかに“大衆向け”ではなく、“映画マニアと評論家向け”ですからね)、それを、普段、ヒット映画ばっかり上映してるような映画館でも上映された、というのは凄い事ですね。この恐るべき御大の底力には驚嘆するばかりです。あと、ワーナーみたいな大手の映画会社がよく製作資金を出してくれたものです。その代わり、日本では宣伝(キャッチコピー)にかなり苦労の跡が見られますけどね(笑)。
さて。もし私も、最近の映画についていけないタイプの映画ファンだったなら、この映画を見てまさに拍手喝采を送ったところでしょう。「俺はずっとこういう映画が見たかったんだ!」と。
ですが、いかんせん、私はむしろ逆に、最近の映画の方が昔の映画よりも面白く感じる質です。エンターテイメント大作映画大好き人間です。分かりやすく言うと、「アイ・ラブ・ブラッカイマー!」という立場です。
なので、この映画を見ている間、疎外感のような、この映画に拒絶されてるような感じが常に付きまとってましたね。
まあ、こういう映画を客席数の少ない小ぢんまりとした映画館ではなく(ましてや、家のテレビでもなく)、新しくて奇麗で大きい映画館の大画面で見れた、というのはいい経験ではあったと思います。
そんな、クセのある映画ですが、一部の人以外は全く、これっぽっちも楽しめない映画なのかと言うと、そこまで偏屈な作りではありません(笑)。それに、「演技派スターの夢の共演!」という分かりやすい見せ場もありますしね。そのキャスティグはもう、これ以上は望めないだろうと言うぐらいに見事で渋いものでした。
3人の中で私の贔屓はケビン・ベーコンですが、他の2人と比べて、自分の演技力を派手に披露する見せ場が無かったのがちょっと寂しいところでした。ショーン・ペンは、娘の死を知って取り乱したり、悲しみを押し殺したりする辺りが一つの“見せ場”となってましたし、ティム・ロビンスは、妻に「なぜ、自分がヴァンパイアが好きなのか」を語る場面(笑)が見せ場でしょう(そう言えば、このシーンでデイブが見ているヴァンパイア映画が、ジョン・カーペンターの『ヴァンパイア/最期の聖戦』でしたね)。どちらも、見てて胸に迫る、まさに迫真の演技でした。で、ベーコンにはこういった「どうだ!」的なシーンが無いんですよね。賞レースにおいて、ペンとロビンスがノミネートされて、ベーコン1人が漏れてしまったのも仕方の無いところでしたね。
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そうそう。キャラクターの読み違えと言えば、私はショーンのキャラクターも勘違いしていたらしいです。被害者でも加害者でもない、中立の立場である普通の人なのかと思ってたんですが、「事件の真相を知っているのに何もしないで、自分の幸せだけを追求してる」という卑怯な奴なんだそうですね。
ラストに何も行動をしない事については、「デイブの死体が出ないんじゃ何もしようがないしねぇ」と思ってたんですが、確かに、本気になればジミーを逮捕して、死体の場所を吐かせたり、足取りを追って殺人現場を探し出す事も、川から死体を探す事も出来たかもしれないですね。
でも、ショーンにとっては、ジミーもデイブも「親友」ではなく、「忌まわしい事件で繋がってる関係」な訳ですから、「もうこの事件に(またはこいつらに)関わりたくない」と思うのも自然に感じてしまうんですよね。そんな事を思う私もモラルの欠如した卑怯者なんでしょうか(笑)。