フォーン・ブース


電話を切れば、殺される!

PHONE BOOTH
02年 アメリカ映画 81分

監督:ジョエル・シューマカー
脚本:ラリー・コーエン
音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演:コリン・ファレル(スチュ・シェパード)
    フォレスト・ウィテカー(レイミー警部)
    ラダ・ミッチェル(ケリー・シェパード)
    ケイティ・ホームズ(パメラ・マクファデン)
    キーファー・サザーランド(“発信者”)







<あらすじ>
大都市ニューヨークにある、とある電話ボックス。パブリシスト(宣伝屋)のスチュは、いつものようにこの電話ボックスから愛人に電話をかけていた。携帯を使わずに電話ボックスを使うのは、妻に携帯の履歴を調べられた時の為だった。

話が終わり電話を切るスチュ。だが、突然電話のベルが鳴り出した。反射的に電話をとると、男の声でスチュの個人情報をベラベラ喋りだしてきた。挙句に「お前を銃で狙っている。電話を切ったら殺す」なんて事を言われる。
果たして、この男の目的は?そして、スチュの運命はいかに!?



<見た後の個人的感想>
上映時間が80分(正確には81分)という、異様なまで短さ。そして主な舞台は電話ボックスとその周辺のみ。登場人物も少なく、ほぼセリフのみで展開するストーリー。
それなのに、こんなにも緊迫感があり、一瞬たりとも目が離せなく、そして最高に面白いエンターテイメント映画が作ってしまえるなんて、ほんと驚きです。
まにさ“シンプル・イズ・ベスト”とでも言うのか、余計な要素のないこの映画、下手に凝った映画よりも数倍面白く、そして当然、見やすい映画になっていました。

この映画、見る前は「普通に面白い映画だろうけど、見終わった後に何か物足りないという感じが出そうだな」みたいな事を思っていたんですけど、そんな事は全く無かったですね。普通に面白いどころか、最高に面白い映画でしたし、見終わった後の感想は、物足りないどころか大満足でした。
ほとんどはセリフのみでストーリーが進むんですが、ときおり分割画面を使ったり、絶妙なタイミングで緊迫感のある曲が流されたりと、「観客を飽きさせよう」という気はさらさら無いといった感じです。
特に、画面分割の使い方が凄くうまかったですね。久々に「効果的に使われる分割画面」を見たような気がしましたね。

謎の狙撃犯に電話ボックスに釘付けにされるという設定ですが、なぜ今時電話ボックスなんてものを主人公のスチュは使ったのかもちゃんとした理由付けがあり、そして、本当にどうやっても脱出出来ない状況設定となっています。
その後の主人公のとる行動も、実に理にかなってるというか、映画的にも現実的にも不自然な感じの無いもので、見てる我々も劇中の主人公同様にビビり、怒り、悩む事が出来るんです。よほど真剣にアラを探さない限り、ストーリーに変な疑問を抱くなんて事は無いと思います。
あと、これは事件が起こってる最中に限りの事なんですが、映画の中の時間の進み方が、現実の時間と同じなんですよね(カットにより場面や時間が飛ぶ事が無い)。これにより、まるで自分もその場にいるような臨場感がありましたね。
これだけの条件が揃ってるんですから、もう最初から最後まで片時も目を離さず(瞬きは多分してたと思います・笑)、スクリーンに見入ってましたね。

主人公は、あまりいい人間とは言えないような人種ですが、完全にイヤな奴でもありません。仕事から人間関係までウソで固めてるようなウソつきなんですが、そのウソをネタに脅される事となります。しかも、「バラすぞ」ではなく、「今ここで、自分の口からバラせ」ですからね。
もし、自分にもそういう後ろめたいウソを持っていたとしたら、この映画の恐怖感はかなり身につまされるものになりそうな気がしますね。幸い、私にはそんなウソは無かったので、この映画で「深刻な恐怖」を味わう事は無かったですが(笑)。
まあ、脅される内容はどうであれ、電話ボックスに閉じ込められる状況は(しかも銃で脅されて)誰でも怖いものですからね。
話を聞いただけではこの恐怖の実感がわかないと思いますが、この主人公の立場は、見ていて、ほんとに気の毒でしたからね。中盤頃にはもう汗びっしょりなコリン・ファレルの姿を見て、思わず「映画でよかった・・・!」と安堵してしまうほどです。私自身、見終わった後しばらくは電話ボックスの姿に恐怖を感じましたからね(あと、電話のベルも)。



<キャストについて>
主演のコリン・ファレルは、今年3本目の映画です。しかも、来年早々も新作『リクルート』の公開が待っているという、売れっ子ぶり。ですが、日本での知名度はどの程度のものなんでしょうかね。出演作の公開本数とヒット度合いにしては、かなり低めのような気がしないでもないです。
私自身、この人は、演技や存在感などが「可も無く不可も無く」的な印象なんですよね。この映画のスチュ役も決して悪く無い、と言うか、かなりいいと思うんですが、何故かどうも印象が薄いです。

共演のフォレスト・ウィテカーは相変わらずいい人を熱演。この映画の刑事役がこの人というのは、見ていて凄く安心感がありましたね。だって、きっと最後には主人公の助けになってくれるはずですからね(笑)。



<プログラムについて>
定価600円。サイズは普通のプログラムより一回り小さいタイプです。中身は白黒ページが多く、なんと表紙も白黒です。カラーページが所々にあるんですが、映画のストーリーがそのカラーページに紛れて書き込まれています。普通は1ページにまとめられてるものですが、このプログラムでは1ページにつき3行ほどの文章で、数ページに渡って展開されてるんです。で、カラーページの写真とストーリーの文章が少し合ってるので(完全に一緒じゃない)、ちょっと絵本を見てるような雰囲気です。
その他の読み物では、評論家の解説2種類、監督・コリン・ファレル・キーファー・サザーランドそれぞれのインタビュー、キャスト・スタッフのプロフィール、プロダクション・ノート(1ページ半ほど)。
そうそう、珍しくイントロダクションのページが無かったですね。



<画像の下より、ネタバレ有りの感想>

電話ボックスとコリン・ファレル1 近づいてくるウィテカー氏 電話ボックスとコリン・ファレル2



全編、緊張感の漲りまくってる映画ですが、それが臨界点に達したのは終盤近く、ついにキレたスチュが電話を切ってしまう辺りですね。ここのシーンの緊張感はほんと凄かった。もしかしたら、このシーンを見てる時、興奮のあまのり呼吸をしてなかったかもしれません(でも、今、私が生きてるところを見ると呼吸はしていたらしい・笑)。
もう、このシーンの一触即発っぷりはとんでもなかったです。映し方や音楽もいいですが、コリン・ファレルの迫真の演技は強烈でしたね。そして、この場のフォレスト・ウィテカーもかなり場を盛り上げていましたね。この人が深刻な表情で「みんな撃つなよ!落ち着け!」とか言ってるのを見ると、ほんとにとんでもない事が起こってるような気になってきます。

さて。最終的にスチュは、これまでついていたウソを大衆の前で全部ぶちまけ、自分がいかに小さくてイヤな人間であるかまで語ってしまいます。
結局、犯人に完全敗北したわけですが(ケータイを使ってうまく状況を脱したので、完敗ではないかもしれないですが)、ひょっとしたらスチュのこれからの人生にとって、この事件は良かった事なのでは?とも思えてしまう結末なのは面白いですね。
「イヤな奴にはこんな天罰がくだるぞ」とか「ウソは全部吐き出した方がすっきりする」といったメッセージがこめられているかのようです。この“ウソ”とは、他人に対するウソだけでなく、自分に対するウソも含まれているんでしょうね。
ただのシチュエーションスリラーではなく、こんな人間的なテーマも含まれてるなんて、贅沢な脚本です。

ところで、いくら脅されているとはいえ、あんな大勢の前で自分の弱い部分をさらけ出したスチュの行動は大した勇気だと思いますね。
そして、それよりももっと凄いのは妻のケリーですよ。夫に騙されていただけでも大変な事態なのに、さらにその事実を大衆の前で暴露されたんですから。もうこれを機にスチュを見限ってもいい立場にいるわけです。と言うか、普通はそうすると思います。ハリウッド映画の“妻”キャラの99%は最後にスチュに唾を吐きかけて去っていくと思います(そこまではしないか・笑)。
それなのに、この人はこれまでと変わらない“愛”をスチュに向けているんです。こりゃ驚きですな。よっぽどスチュにゾッコンなのか、人間が素晴らしく出来ているんでしょうね(それとも周りの人の目を気にして、あの場は「良き妻」を演じてるだけなのかも?・笑)。

それにしても、この映画の犯人の動ョ機はあまりにも謎でしたね。もしかしたらこの点に違和感を持つ人もいるかもしれないです。主人公は嘘つきで他人を見下した態度をとってりするような人間ですが、見ず知らずの他人に断罪されるほどの大罪というわけではないですからね。
私は、スチュに騙されている形の、妻もしくは愛人の女優の知り合いか家族が犯人の正体で、彼女を守る為の行動なのかな?とも思ったんですが、それも関係無いようでした。
ほんと、スチュは“たまたま”選ばれただけなんでしょうね。
そして、そこがこの映画の怖い所ですよね。この映画で描かれる災難が、「もしかしたら自分の身に降りかかってくる事も有り得るかもしれない」と、つい想像してしまいそうです。
そして、もし自分がスチュの立場になったとしたら・・・、生き残る自信無いです(笑)。多分、犯人側の「変な行動をとらせて警官に撃たせる」という誘導にあっさりひっかかって蜂の巣にされそうな気がします(もしくは軽はずみに電話を切るなどして犯人に撃たれるとか)。それだけに、怯えながらも冷静に犯人の誤誘導をかわしていくスチュの行動には、みていて「スゲェ〜」とか思ったものです。

ところで、一つよく分からなかった点があるんですが、あのピザ屋は真犯人であるところのドナルド・サザーランドの息子と共犯だったんでしょうかね。それとも、“最後に、自分が自殺したと思わせる為の死体が必要”という理由で選ばれただけの気の毒な人なのか。
あの、ピザ屋の死体が転がってた部屋も完全なダミールームとして予め作られていた部屋なのか、本当にドナルドの息子(なぜ名前を遠まわしに言う・笑)がいた部屋なのかも分からないですよね。どっちともとれるような・・・。
ダミーとして作られていた部屋だった場合、あの部屋にあったライフルが使われてる形跡が無いという事で、すぐに真犯人が別にいる事が分かってしまうわけですよね。まあその時には逃走した後なので特に問題はないのかもしれないですが。



<エンディングについて>
「実は、犯人だと思われたピザ屋は真犯人ではなかった!」という事が明かされ、その衝撃を残したままエンドクレジットとなります。そしてすかさず流れるクールでカッコいいテーマ曲!いやぁ、見事なラストでしたね。

いったい、犯人の目的は何だったのか。そして、犯人は何者なのか。これに関する詳しい解答の出ないまま、いずこかへと立ち去って行ってしまいました。これは『2』でまた登場するという事なのか(笑)。
ラストは意外にあっけない幕切れでしたが、ドンデン返し系の映画じゃないんで、決着のつけかたはまあ、あんなものでいいでしょう。下手に凝ったりせず、あくまでもシンプルなのがこの映画のいいところですからね。
そして、主人公が犯人に対して反撃をするわけでもなく、ほぼ犯人の思惑通りに事が運んでしまいましたが、最終的に主人公が犯人を撃ち殺すといった「分かりやすい決着」はきっとつけない方が良かったんでしょうね。そうじゃなかたら、ここまで緊張と恐怖が見終わった後に続かなかったかもしれないです。
なにせ、これにより、「この犯人はまだ生きてる!」と思い、そんな事があるわけないと思いつつも、「もしこの犯人の標的に自分がなったら!」なんて事をつい考えてしまいますからね。



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