Gift





そして向かう所はただ一つ。親も姉もいたはずだが、離婚した前の父親に姉は連れて行かれ、二人は幼い頃に引き離された。母親は再婚し、薬におぼれ、光の事を娘だと認識できなくなり、死んだ。そして光は一人になった。3ヵ月後やっと信頼できる人間を見つけた。陽介だ。

帰るところは、彼の所。




ドアをノックすると、予想通り、陽介が出てきた。自分でも汚いという事は分かっている。別れたというのに、フラれたからまた前の男に戻ってくる。最低な女、と胸中で毒づく。

しかし、陽介は変わらず、いつもの笑顔で自分を受け入れてくれる。

「どうした?」

なぜか人肌が恋しい。ドアの前で躓いて、倒れそうになったところを陽介が受け止める。腕の中は温かい。もう。何でも良かった。誰でも良かった。とにかく、どうしようもない孤独から逃れたい一心だった。

夜以外など好きになれるはずもなく、愛する事もない。

しかし、居場所はここにしかなく、自分は生きる屍となってしまった。

無意識に、陽介に抱きつく。もう苦しみたくない。あんな思いはしたくない。二度と。

「抱いて。」

低い声は自分ではないように思えた。

長い長い夜が続いた。

抱くときは始終、優しく、暖かかった。

光の心は冷たいままだったが。




目覚めると、日は高く、隣には陽介がいた。いつものように目の前だけを見つめて、タバコをすっている。

「起きたか。もう1時だぞ。」

何事もなかったように陽介は話す。

話す気力もなく、返事をしないまま、しばらくベッドの上で座っていた。

まだ目覚めぬ頭にバイトという3文字が浮かぶ。今日の2時に行かなければならない。

手早く着替え、身支度を整える。

「どっか、行くのか?」

「バイト」

短い返事をした後、陽介が振り返る。

「いってらっしゃい。」

その言葉を背にし、光はドアを開けた。




夜は今日はいない。顔をあわせることは確実にないだろう。

足早にバイト先へ向かう途中、昨日夜と一緒にいた女を見つけた。目が合うと、相手は品のない笑みを浮かべた。

その隣には夜。

頭で考えるよりも身体が動く方が早かった。路地裏に入り込み、狭い暗い通路を駆け抜ける。するとどこからか、足音が聞こえてくる。それはどんどん近づいてきて、息づかいまで聞こえるようになってきた。

通路を右に曲がる。

もしかして、と思った瞬間、ぶつかった。人である。

ばっと上を見ると、見慣れた顔。胃の中に冷たい物を感じる。

足音の主は夜だった。

ビルの間に響く音は、2人の息づかいのみ。

「・・・っ、光・・・。」

まだ、整えきらない鼓動に、止まれ、と命令するのに、夜の声で、また心拍数が増える。

「何で・・・なんで追いかけてくんの?!どうしたいの?!私をあざ笑いたいの?!一人でいい気になって、住みついて、好きになった私をっ・・・。」

そこまで言って、夜は、光を抱きしめた。

「好きだ。」

思考が働かず、吐息さえも止まり、光は黙った。

「な・・・」

「一回で分からないか?」

「信じられない。」

照れたように前髪をかきあげ、嘆息する。こんな夜を見るのは初めてだ。

「昨日、一晩考えた。俺は、光と出逢うまで、ろくでもない人生を送ってきた。いや、送らされてきた、の間違いか。さっきの女、10才の時かな、道で倒れていてな。それからだ。俺はあいつにつきまとわれた。最初は俺も優しくしていたんだ。母親に言われてな。ずっと自分を押さえ込んできた。一人暮らしをしても、携帯から連絡がきて、何もないのに会ったり、そんなことが10才の時から続いてた。光と一緒に暮らしてから、俺は変わった。初めて、こんなに人と話した。」

「全然口数少ないのに。」

「前よりは全然マシ。」

すねたような表情を見た光は自然と顔が綻んだ。

夜が腕をつかんで、自分の方へ一度光を引き寄せる。

「だから、光には、傍に、いて欲しい・・・。」

すがるような声で夜が言う。

こくん、と頷くと、きつく、きつく抱きしめてくれる。照れた光は明るい声を出す。

「あ、バイト行かなきゃ。あらー。忘れてた。」

「ここを右に曲がるとは花屋の勝手口がある。 ・・・帰ってくるよな・・・?」

身体をはなして、夜が言う。何のことか分からない光は、首をかしげ、怪訝そうな顔をする。

「俺の所」

強く握られた手に力がこもる。

「あたりまえでしょ?」

にぎられていない右手で、夜の胸をこづく。二人共、同時に笑った。

「じゃあ、いってきます。」

笑顔を向ける光に、夜は手を振った。暗い通路を前に進む。軽い足取りで。

幸せな時はつかのまだった。

地獄が、始まる―――。

















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