鴨川慕情
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「本郷さんはとても積極的で、屈託がなくて、拘らないタイプで…。あの人に良く似ていた」
忍は、噛み締めるようにそう言った。
「君の…好きな人か?」
「…はい」
「そうか…」
忠弘は黙って頭を垂れた。
「日本画の先生で…。軸物の絵を描いておられた…」
「…どうした?」
「…」
「続けろよ…」
「聞いていただけますか」
「うん」
忠弘は躊躇っていた忍を促した。
聞いておかなければならないような気がした。
忍は決心したように、口を開いた。
「…先生は、僕の店でずっと、昔から落款を作っておられた。僕は家を継ぐつもりで、大学は芸大へ行かせてもらってました。その芸大の作品展で、先生が来て下さり、僕の作品が気に入ったと言って、落款を依頼してくださった。僕は嬉しくて…。そんな絵の先生にじきじきに指名してもらって、有頂天で…。一生懸命彫って…。差し上げたらとても喜んで下さって…。そして、…誘われた」
「…」
「否も応もなかった。ただただ、嬉しかった。憧れの先生に…。そう思って、ただひたすら先生を…」
「そいつも上手いもんだな…。誘い方が。堂に入ってるよ」
「そういうところが似ていました…」
「…そうだね」
「先生が落款を僕に頼むようになり、父は不審に思っていた。僕みたいなまだ半人前の者が先生の落款を作るなんて早すぎる、と思っていたようです」
「うん」
「それで…。それで、ある時父に、二人の関係がばれた。…ばれたというか、見つかった。父は烈火の如く怒った。…先生には、奥さんも子供もおられた」
「…」
「父は僕を、先生を誘惑する自堕落な淫売のように言った…」
忍の顔が歪んでいた。
「父は、僕に店を継がせない、と言って、僕を勘当した。…僕は家を出て、西京区へ行ったんです」
「…そうか」
「大学を出て、しばらくアルバイトをした」
「…その、先生は」
「それきりです。…先生は、奥さんと子供がいたから…。家庭に戻られた。…」
「その男もいい加減じゃないか。自分が誘ったんだろう」
「仕方ないです。画壇に知られたらスキャンダルになる」
「…」
「僕が家を出てからまもなく、父が倒れました。しばらく入院したあと、亡くなった。死ぬまで、僕を許さなかった。とうとう、家へ戻ることを許さないまま、死んでしまった」
「忍君…」
忍は唇を噛んだ。
「けれど今は君は…」
「…母が戻ってくれと…。母は、許してくれたというか…。今も一緒に住もうと言ってくれる。でも、それだけは未だに出来ない」
「…」
「うちの店の玄関に、ちまきが飾ってあるの、ご存知ですか」
「ん? …ああ、長刀鉾と書いてあった」
「…子供の頃、毎年父が祇園祭に連れていってくれました。毎年、祇園祭の長刀鉾に登らせてくれたんです。ちまきを買うと、鉾に上がらせてもらえる」
「ああ…」
「買って来たちまきを玄関口に飾っておくと、1年間厄除けになる。毎年鉾に登り、ちまきを買うのが習慣になってた」
「ちまきか…」
「長刀鉾は、男しか乗れないんです」
「え…」
「女人禁制の鉾です。だから、男しか上がれない。父は、後継ぎの僕を、嬉しそうに、ここには男しか入れへんのやぞ、ていつも言いながら、登らせてくれた」
「…」
「先生のことを知った時、父は何で毎年お前を長刀鉾に上がらせてたと思う、と罵りました。…お前は男やない、女や。そう、…言われた」
「忍君…」
忍の頬に、ひとすじ涙が伝っていた。
「忍君…忍君。…あのさ、…あの、親なら誰でも驚くよ。誰でも、拒絶反応を起すよ。誰でもそうなんだ」
「…そうですよね」
忍の声は震えていた。
「…父を尊敬していました。印刻師として、とても素晴らしい技を持っていて、素晴らしい職人だった父を僕は尊敬していた。…その、尊敬する父に…。
…父は玄関をくぐるなと言った。あのちまきは、僕が学生の時、最後に行った3年前の長刀鉾のちまきのままだ…」忠弘は、言葉を探した。必死で探した。
「あの、…ただでさえ親ってのは、うるさいもんだ。頭ごなしに決めつけるもんだよ。…俺だって親にばれたら、なんて罵られるか分からない。今だにカミングアウト出来ないんだから。…忍くん、…親父さんを恨んじゃ駄目だ」
「本郷さん」
「親父さんだってショックだったんだ…」
「…ホモだということと、印刻師の腕前とは関係がないはずだ…。それなのに、僕には篆刻をする資格がない、と…」
「…それは…。親父さんだって分かってたはずだよ。君の言うとおりだってことは。そんなこと、当たり前じゃないか。親父さんだって…。だけど罵るしかなかったんだ。分かっていても」
「…」
「…恨んじゃあ駄目だよ」
「…はい…」
「いくら優れた職人でも、自分の息子にはただのありふれた親なんだ。その…、人間なんだから…。親なんだから。…それが親なんだ。
…それに親父さんだって、本当に言いたいことは言えなかったかもしれない」「…」
「きっと君に、本当は帰ってくれと言いたかったんだ。言えないまま逝ってしまわれたに違いない。親なんて、そういうもんだ。言えないんだよ、子供には。きっと後悔なさっている。心残りのまま、逝ってしまわれたに違いない。冥土で今ごろ」
「…本郷さん」
「だから俺に鐘をつかせたんだよ。迎え鐘を…。季節はずれの。戻って来たくて。心残りがあるから」
「本郷さん」
「…恨んじゃあ駄目だよ」
忠弘は自分でも訳が分からないまま、死に物狂いで言葉を継いでいた。自分の言葉が適切なのかどうか、それも分からないままに。
まるで自分の言い訳をするみたいに、忍に言い聞かせるために、まくし立てた。そうせずにはいられなかった。
「本郷さん。…ありがとうございます。…おおきに」
忍は顔を上げ、隣に座る忠弘を見た。
「僕は、…その言葉を先生に言ってもらいたかったんだと思う。先生に、言葉をかけてもらいたかった。先生に救ってもらいたかった」
「うん…。うん、分かるよ…」
「でも先生は逃げた。僕から…。汚いものを捨てるみたいに僕を捨てた。…先生を、恨んだんです…。本当は…」
「…。当然だよ…、それは」
「僕にとっては初めての人で…。先生が初めてでした」
「…そうか」
「母はホモを病気かなにかみたいに思っていて…。だからいずれ治る、そしていずれ僕が結婚して、子供を作ってくれると思ってる」
「…。治るとか治らないという問題じゃないのにな」
「僕は結婚しない。…もう、誰とも寝ない。もう二度と誰とも…。心に決めてたんです…」
「でも、本郷さんと出会った。明るくて、積極的な本郷さんが…、先生によく似ていて…。会ってすぐに惹かれた。その気持がもう、自分でも止まらなかった。止めようがなかった…」
「…まだ若いのに二度と誰とも寝ないなんて、そんな決心自体が無理なことだろう。君は馬鹿だ」
忠弘は、忍を遮った。
「…」
「前を向いて、向き直って、新しい恋を見つけたら、それで前の傷は癒えるんだ」
「…」
「傷はなくならなくても、癒すことは出来るだろう。…君が俺の誘いを断らなかったことだけは、認めてやるよ。君は前を向こうとしたんだ」
「本郷さん…」
「そうだろ」
「…はい」
*
忠弘は、川に向って石を投げた。低く投げたつもりだが、石はジャンプしなかった。
石に驚いた鴨が、2羽ぱっと川岸へと飛んだ。
「俺も、変わったよ」
「…」
「君のおかげだ…。京都なんて僻地だし、なんで俺が、と思ってたよ。…正直言って、…軽い気持で君を誘って、少しいい目を見ようくらいに思ってた」
「…」
「それが何ていうかさ…。今は君を守って、君を喜ばせたいと思ってる…。君が、俺を必要なら出来るだけ側にいて、君の力になって、君を支えたい…。なんてね…
俺に出来ることがあるなら…。「俺にどれだけの力量があるか分からないけどさ。その先生よりはだいぶ劣るだろうけどね。…けどいないよりはましだろう」
忍は黙って頷いた。
そして黙って川面を見つめた。
その忍を長い間見つめたあと、忠弘は歩こうか、と切り出した。
はいと忍が言う。
二人は河川敷を、山の見える北へ向って歩き出した。
「…どこまでも歩きたいです」
「鴨川の上流って、どうなってるんだろう」
「さあ。…きっと山の中で、とても荒々しい姿をしていると思う」
「行ってみたいね」
「はい、そこまで行ってみたいです」
二人は、河川敷をどこまでも歩きつづけた。
北山が遠く橋の向こうに藍色に見え、川の流れる音が低く響いていた。
エピローグ
ちまきが掲げられているガラス戸の扉を開けて、かっきり11時に郵便配達員が郵便物を届けに来た。
青年が、机に向っていっしんに小さいハンコを彫っていた。
郵便屋は、パンフレットやDMや、いろいろな書類を置いていった。
ごくろはん、といつものように青年が挨拶する。
彼は印刻の手を止めて、郵便物を仕分けはじめた。
中に、定形ぎりぎりの封書があり、後ろをかえして住所を見た。京都市下京区富小路仏光寺下ル、本郷忠弘と、書いてあった。
忍は急いで封を開けた。
便箋と、葉書大の厚紙が入っていた。
便箋を早速読んだ。
パイは『アントゼルダズ・ギフト』という名前に決まったと書いてあった。名前には商品の説明を入れず、包み紙に詳細を記すことになった、とある。
最後に、絵手紙も見てくれと書かれてあった。もうひとつ同封されていた厚紙を手に取った。
横画面に絵が描かれていた。
いつ練習したのか、それには、墨の太い縁取りと淡い色彩で、さつきが大きく描かれている。
左上に、墨で文字も書かれていた。
さつきのごと
強くあえかな
忍
にその下に、忠弘の落款が押してあった。
「忍、なんえ」
母が、奥の座敷からやって来て、尋ねた。
「またしょうもないDMか」
「うん。請求書ばっかりや」
「なんや。そんなんいらんわ。もっとええ便りやったらええのになァ」
「ほんまに、もっとええ便りやったらなあ」
と葉書を封筒に仕舞いながら、忍も言った。
END
| 今回は、メロドラマ風を心がけてみました。相変わらずあまりうまく行っていませんが…、登録のために書いてみた。 蛇足→ 鴨川慕情のこと 一応説明をつけました。。 |
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