本日も快晴なり。
雲の上の世界。ここは玉泉山金霞洞。
洞主・玉鼎真人は見渡しのよい部屋の端で宝貝の手入れをしていた。
足元には足場らしきものはひとつとしてない。
高所恐怖症の太乙真人には到底できそうにない場所に腰掛けている。
遠くからいささか騒がしい音が聞こえてくる。
雲中子の実験か、はたまた太乙か。
それともどこかの修行の一環か。
静かなようでどこか賑やかな空気だと思う。
太陽が真上に見える。
爽やかに風が吹き込む。
心地よい陽気にしばらく身を任せ、日の光をその身に受ける。
少しして、足音に気付いた。
荒い足音は広い部屋の中にこだましながら自分に近づいてくる。
音の主が誰かはわかっている。
「穏やかじゃないな。どうした燃と、う?」
振り向いて、訪れた友人の顔を見る。
これまた見事な隈ができた明らかに機嫌の悪そうな顔をしていた。
燃燈は何も言わぬまま、玉鼎を外に向かせて背中合わせに座り込む。
訳の分からぬままにしている玉鼎を放っておいて、そのまま手に持った二つの書簡を開きだす。
開いた二つを見比べて、片方になにやら書き込んでいるようだ。
玉鼎は体と首を捩じらせてその書簡を覗き込む。
僅かに見えた場所には崑崙山に在籍している仙道の名前がつらつらと書き連ねられていた。
捩った体に凭れていた燃燈からさらに不機嫌そうな空気が流れてきて、慌てて体を元に戻す。
広げられた書簡の端を拾って裏返すと、そこに題名があった。
「ああ、今年は『仙道一覧』の書換えがあるのか」
投げかけられた言葉に反応はない。
「…それは確か元始様の仕事ではなかったか?何故お前がそれをしているのだ」
一瞬の反応の後、殺気を感じた。
ただし、自分向けではない。
「燃燈道人〜燃燈道人〜〜」
正面から白いなにかが飛んでくる。
そう思った時には既にそれは部屋の中にいた。
霊獣・四不象。最近奥さんができたらしい。
「50巻目持ってきました。明日までにお願いします」
手に持った二つの書簡を燃燈の前に置いた。
「…元始様は」
ドスの効いた声で四不象を睨みながら問い掛ける。
四不象は怯えながら首を横に振る。
「わかった。もういい」
それだけ言うとまた視線を書簡に戻した。
四不象は安堵の息を漏らして、早々と空の向こうへ飛んでいった。
「変更の確認と認可…ただただ署名して書き止めるだけの仕事か」
反応はやはりない。
「突然許可権限を与える書き込みを残して元始様は雲隠れ。そんな所か」
「ここ3週間こればかりだ」
ようやく反応は返ってきたが、それだけだった。
「…寝てないのか」
「今すぐ代われ。」
今一番の欲求を言われて気に障ったらしい。
一覧の書換えは下山したり入山したりした際に作られる報告書を基に行われる。
あまりに人数が多いので、書換えは数年に一度。
作ったところで必要性があまりないのが玉に傷とのうわさ。
それでも多くの人間がこれの作成に関わっている。
そのおかげで、この書換えには時間間隔の薄い仙人界としては珍しく、作成期限がついてくる。
「今やっている分の期限はいつなんだ?」
「明日。残りは5巻程…大体4、5000名分だな」
もう何も言えなかった。
数時間後。玉鼎はふと自分の後ろに耳を澄ませてみる。
ことり、と小さな音がして、静かな寝息が聞こえてきた。
また体を捩って後ろの様子を窺うと、さらに運ばれてきていた書簡が転がっていた。
修正前の書簡についた『済』印を見る限り、どうやら今日の分は終わったらしい。
起こすのも可哀想なので、今しばらくそのままで居る事にした。
「…しかし。」
無防備だなと思う。
さっき体を捩った時も、無反応だった。
常に気を張っていて、いつもならどんな小さな事でも直ぐに起きる彼が、今は熟睡に入っている。
こういう背中の任され方というのはどうなのだろうと考える。
「公主相手とは異なる信頼の形…とでも取っていいものか」
心地よさそうな寝息をたてる背後の友人を思って、ふと口許が綻ぶ。
日が暮れたら、彼を起こそう。
起きたら茶を淹れよう。
まだ眠そうにしていたら、このまま泊めるか。
小さな事でも、そっと支えるぐらいが丁度いい。
小さな事でも、頼ってもらえるのは悪くない。
今は取り合えず、この背中に預けられた体を支えておく。
-了-
玉燃です。(きっぱ)
至ってノーマルに他に絶対いなさそうなマイナーカプでSSです。
背中合わせって好き。
暖かいし、落ち着きません?
何も考えずにただぼーっと大切な人とかと一緒に日向で背中合わせに座っていたい。
もちろん足はお山で。