西岐城内にある執務室の隣室で、
太公望と楊ゼンはいつものとおり大量の書簡とともに仕事をこなしていた。
「暇だのう…」
「なにいってるんですか師叔。まだまとめないといけない資料はたくさんあるんですよ?」
「ひ・ま・だ・の〜〜〜う」
どうやら疲れたらしい。
一向に筆を進めなくなった太公望を横目に楊ゼンはため息をつきながら自分の仕事をすすめる。
太公望は机にあごを乗せていかにも怠慢な姿勢をとりながら、
上目で仕事を進める天才道士の顔を覗く。
もう何ヶ月一緒にいるのか。その端正な顔立ちを見つめながら、
改めてこの男の整えられた容姿に息を漏らす。
「…僕の顔になにかついてますか?」
自分の顔をじっと見つめる太公望に気づいたのか、進めていた筆を止めて尋ねた。
「―――べ…べつになんでもないぞ!そうじゃ、
べつにやっぱり綺麗な顔をしとるの〜とかなんて全然思っておらぬからな!!」
見ていたことに気づかれて気恥ずかしくなったのか、
彼にしては珍しく顔を赤らませながら大慌てで弁解をする。
「そんなこと思ってたんですか?」
「ち…ちがっ…」
「師叔にそんな風に思ってもらえるなんて、嫌ではないですね。むしろ嬉しいぐらいです」
その端正な顔をやさしく綻ばせて太公望に微笑みを向ける。
太公望は先ほど思っていたこともあってかさらに顔を赤らめさせて顔をうつむかせた。
「あれ?どうしました?」
確信犯といっていいのか。わかっているくせにあえて知らぬ振りをするように尋ねる。
むっとした太公望はすっと楊ゼンの背後に立ち、両手を彼の肩の上に添えた。
楊ゼンは太公望の行動の意味を探りながら顔を振り向かせようとする。
「前を向いておれ」
途端に太公望によって顔の向きを直され、小さく骨のなる音がした。
「てっ…痛いですよ師叔」
太公望は黙ったまま楊ゼンの背中に指を走らせる。
「積極的ですね。でもそんなふうでは…」
「だあほ!誰がおかしなことをしようとしておるか」
まだ動きの途中であったであろう指を止めて、楊ゼンの両頬をつねる。
「違うんですか?」
「―――お主は黙って仕事を進めていればいい!これはわしの暇つぶしだ!!」
「…暇じゃないんですけどね…」
楊ゼンがポツリと呟いた声を聞きながら、
太公望は最初の場所から再び先ほどと同じように人差し指を背中になぞらせる。
「………」
言われたとおりに仕事を進めながら、背中の感覚に意識を向けると、
その指の動きがなにかの文字を綴っている事に気づいた。
「ああ、なるほど。背中に文字を書いているんですか」
「なんだ、ようやく気づいたのか」
「それならもう一度最初からやってくださいよ。全部当ててあげますから」
顔を軽く振り向かせながら自身ありげに言って見せる。
「…それはやめておこう」
「なにか恥ずかしいことでも書いていたんですか?」
振り向いたままの楊ゼンの肩に手を添えながら、太公望は顔に冷や汗をかいている。
「いや、別にそういうことではないのだが」
「ならいいじゃないですか」
「……怒らないといえ」
「怒りませんよ」
一言了解をとった太公望は振り向いた楊ゼンの頭をもう一度前に向けさせて、
再び楊ゼンの背中に指で文字を綴る。
―――綴られているのは多分カナだろう。『怒るな』なんて一体何をかいたのか…
そうこう思考をめぐらせるうちに一文が綴られた。
その文字を頭の中で繋げて、楊ゼンは少々の呆れをため息にのせて吐き出す。
「暇つぶし…というよりもストレス発散ですか師叔?」
「さぁて、初級問題だ。なんて書いた?」
『………』
ちょっとした時間が過ぎる。
「…なるしすと」
「正解だ。じゃあこれはどうだ?」
再び指を動かす。今度は漢字のようで、それもかなり複雑だ。
「終わってから答えろよ」
背中に綴られる形を頭の中でゆっくり組み立てる。
―――まず草冠。それに、ずいぶん複雑だけど…これって…・
二文字目が綴り終えられる。
「ば…」
「まだ一文字残っておる」
答えを言わんとした楊ゼンを遮って、最後の一文字を綴る。
「師叔。」
「なんだ?」
「僕のこと嫌いですか?」
「いや別に。」
恐らく正解であろう言葉を口外に出す。
「薔薇男」
「おお!よく分かったのう」
「…僕のことどう思ってるかよく分かりました」
「遊びではないか」
楊ゼンは座っていた椅子から音を立てて立ち上がる。
「お…怒らぬといったであろう」
「怒りませんよ。ただ…」
太公望の腕を軽く引っ張り、途切れさせた言葉を続ける。
「今度はあなたの番ですよ」
にっこりと笑いながら、太公望を先ほど自分の座っていた椅子に座らせると、
人差し指で太公望の背中に文字を綴り始めた。
「ちょ…お主くすぐったいぞ!」
「あ、すみません。普段の癖で」
「そんなこと癖にするでない!!!」
顔を少し赤らませながらも元のとおりに座った太公望の背中にまた最初から綴り直す。
やはりくすぐったいのか、なぞらせるたびに太公望の背中がわずかに反る。
「我慢してくださいよ師叔。そんなしてると本当にしちゃいますよ」
「お、お、お主が悪い!」
どこがどう悪いのかは言わずに取り敢えず否定だけしてまたじっとする太公望。
「敏感ですね」
「うるさい!書くなら早く書かんか!!」
言い合いを繰り返しながらもなんとか文字を綴っていく。
「続けて書いていますから正解をいってください」
「…とかいいながら難易度を高めるつもりだろう」
「いいじゃないですか」
「仕方ないのう」
三文字目であろう言葉を綴る指の動きに神経を向けながら、
先ほど綴られた文字を頭の中に浮かべて口外にだす。
「わ…し……は……よ…」
どうやら全部かなのようで、それを読み取るのは簡単だった。
「う…ぜ……………」
さらに文字は綴られるが、太公望はそれを口に出すことを憚った。
「どうしたんです師叔。続き言ってくださいよ」
綴っていた指の動きを止めて、太公望に続きを促す。
「……あ…」
「違いますよ師叔。次は『ん』…」
「あほかぁぁぁぁぁ!!!!!!」
大きく音を立てて椅子から立ち上がった太公望は、
どこから借りてきたのかハリセンで楊ゼンを張り飛ばした。
「先に怒るなといったのは師叔ではないですか〜」
床に突っ伏したままなんとも弱々しい声を上げる楊ゼン。
「やかましい!どさくさにまぎれてお主、人に何を言わせるつもりだ!」
「『わしは楊ゼンを愛しています』」
その、あまりにきっぱりとした声に思わず脱力させられた太公望は、
振るえながら床に手をついて呆れ果てる。
「遊びじゃないですか。」
「お主また張り飛ばされたいか?今度はハリセンではすまぬぞ」
「…わ…わかりました。次は真面目にやりますから」
太公望はもう一度椅子に腰掛けてため息をつく。
再び楊ゼンは太公望の背中に指をなぞらせて言葉を綴る。
「―――ま…い……に…ち…い…つ…」
再び言葉を詰まらせる太公望。綴られるのを待っているようだ。
「…楊ゼン」
恐らく文章の最後のほうであろう所まで綴られると、太公望は楊ゼンに声をかけた。
「僕はいたって真面目ですよ。なんたって本音書いてますから」
最後まで綴られるのを待たずに太公望は懐をごそごそと探り始めた。
「そうか。真面目か…」
「はい」
懐から打神鞭を取り出し、一気に先を伸ばす。
「疾っ!!!!」
激しい風と轟音ともに屋根を突き破って吹っ飛んでいく楊ゼンの姿は、
その日西岐城にいた多くの人間が目撃したらしい。
その後、彼が戻ってきたのは1週間後の事だったという。
-了-
封神オンリーの時に原稿を手伝ってくれた凜さんに
強制…じゃなくて、報酬のようなものとして。
当日にはチーズバーガーセットとか…etc.
おかげで本も無事(?)発行できたので感謝してますvvv
「燃燈さんのでてこない話!楊太!!」
というわけでこっそりといつもの行動からネタを頂きました*
人の背中って案外感じにくいそうで。
あれは痛点と痛点の感覚が広いからだそうです。
背中をタオルでごしごし洗ってると痛点が刺激されて敏感になるとか。
…どうでもいい話MAX*
最後の楊ゼンさんが綴ったお言葉は妄想を膨らませてご自由にお考えください(笑)