裁きの旋律2- melody for judgment -

僕のデビュー戦。
ついさっきその相手が兄だと聞いた。
自分でいうのもなんだが、検事局のサラブレットだなんてもてはやされ、兄も天才弁護士として活躍しているものだから、当然近年稀に見る名勝負になると話題になった。

「アニキ。次の法廷、正々堂々勝負しよう。僕とアニキのGIGが重なればすばらしいステージになる」

嬉しかった。年甲斐もなく緊張して、興奮していた。そう。相手が尊敬するアニキだからこそ。

「私も勝負という言葉をよく使うが、実際誤解してはいけない。勝負の中で、弁護士を信頼することで見えてくるものがある。いや、お互い信頼しているからこそ勝負が成り立つのだよ。そして、勝敗という表現が」

疑えるはずもない。その必要も無い。
だが今電話の向こうにいる僕の師は怪訝な表情を窺わせる声で言った。

「牙流霧人か…どうも、な。弟相手にして言うのもなんだが…」

多少浮かれながら空いた手でサングラスの選定を行なう僕に言葉を続ける。

「響也、忠告しておく。『気をつけろ』」

この人といい成歩堂といい、経験とはなんとも驚異的な『勘』を授けるものだろうか。
後になってみればそう思う。

あの画期的な裁判から数日後。

「ガリュウさん。こんにちは」
尋ねてきたのは王泥喜法介。僕は検事局で今回の裁判の資料とにらめっこしながら報告書を書いている最中だった。
「なんだオデコくんかい。君も今回の裁判に関してレポート提出があるんだろう。こんな所に油を売りにきてもいいのかい?」

今回の裁判はあくまで『モデルケース』つまり『テスト』なのだ。
当然の事ながらその採点や評価と言った後処理が重要視される。
今回はとにかく資料が多い。…その上揃えづらい。

何せ7年前と現代の事件が絡んだのだ。さらには関係者から話を聞くなどということもほとんどできない…。
いくら成歩堂龍一がまとめた資料があると言っても、担当者一人が集めた資料を鵜呑みにする事だってできやしない。
ここ数日はこのレポートをまとめるのに検事局に缶詰だ。

当然出来上がった所で校正がどうだとまた検事局に缶詰になる事はおおよそ予想できる。
だがそれ以上に、僕はこの資料を読みふけるのがつらかった。特に…特別証人に関する書類。
「いや、実は俺もここ数日事務所に缶詰してて。色々ありすぎてなかなか整頓できないもんで、成歩堂さんに許可もらって半日だけ休みもらったんですよ」
「それは羨ましいものだね。だけど生憎僕の方は休みじゃないんだ」
ただでさえ嫌な書類を読みふけって不機嫌になっているせいか、洒落た言い訳も思いつかない。
訪問者と目を合わせる暇も無いくらいせわしなく資料の文字に視線を流す。
「それじゃあ意味がないんです。僕は貴方に会いに来たんですから」
言葉の意味を考える必要も無い。
「へぇ。それが女の子だったらもっと嬉しいんだけどね。」
そう思っていたから冗談まじりの軽い相槌を打った。

「ガリュウさんの悩み事をはっきりさせようと思って」
思わぬ台詞に、仕事の忙しさにごまかせていた感情を見抜かれた気がして、資料をめくる指をとめた。

「一人で悩んで解決するより、誰かがいた方がはっきりするでしょう?」
7年前も、現代も、被告人でもなければ、被害者でもない。
あの日に、あの人の奏でた旋律が…いや、奏でられたかもしれない旋律の結果が、僕を悩ませていた。
真実のメロディーは一人の弁護士を地に落とし、幾人もの命と人生を狂わせた。
それは僕自身受け入れている。真実として。
ただ、メロディーの前奏がほんの少し変わっていたら…。

「もし魔術師が先生を選んでいたら」
それは隠れたメロディー。
真実ではない。真実の裏にある。演奏される事のなかったメロディー。
しかし。

「あのページはすでに手配されていた。という事は7年前の裁判で、牙流霧人は…」
アニキが奏でようとしていた残酷な音色を隠したメロディー。

気づけば机に資料を叩き付けて叫んでいた。

「やめろ!」

ギターの飾られたケースの壁に王泥喜を押し付けて言葉を遮った。

それでも、彼はじっと僕の眼をみて言葉をつなげる。

「『捏造』した証拠で貴方から無罪を奪うつもりだった。始めから、霧人は貴方を裏切っていた」
楽譜の上で踊る音符。自分の中で奏でる事を否定していたメロディーが、響く。
僕は王泥喜を壁に押し付けたままうなだれた。

「君は…なんで…」
冷たく鋭いメロディーが感情を引き裂く。

「どうしたんですが、貴方らしくない。」
やっとでた言葉を淡々とした言葉に打ち消されてあっけに取られた。

「これは俺の推測ですよ。単なる、ね」
「そんっ…!他にどんな理由が…!」
「証拠はない」

笑っていた。すべてを見透かす眼で僕をみつめて。
「例えあの裁判の弁護士が牙流霧人でも、結果は違っていたかもしれない。」

魔術師ザックが本物のページを弁護士に渡していたら?

誰かがページの捏造に気づいたら?

実は魔術師バランの訪れる時間が違っていたら?

魔術師バランが別の証言をしたら?

別の可能性がでてきたとしたら?

あの証拠をださなかったら?

「『もし』は『真実ではない』。それは可能性です。可能性は、何通りだってある。その後判明した事実なんて、あの時点ではなんの意味ももたない。起こっていない事なんだから」

「真実は知ってのとおり。さて、ではここが法廷だとすれば、だれが裁きを下すんでしたっけ。新しい制度では」

「…陪審員」

「はい、でもここは法廷ではないので…そうですね、『陪審員』は貴方一人。そして、裁判官も。そうだ、言い忘れる所だった。」
僕をじっとみつめたまま視線をそっと外して自分の顔の前に指をたてた。

「全部、あの時必ず起こるという証拠はありません。推論はなんの意味ももたない。すべて『起こりえる事』で『起こらなかった事』です」

彼はまた、僕をまっすぐ見ていた。
「そして、牙流霧人がどこまで、どんな事を考えていたかも、すべてを立証する証拠はない。…以上です」

思わずその場で吹き出した。

何のことはない。全ては自分の推測。それは全て真実になりえたかもしれないし、ならなかったかもしれない。
それは決めるのは誰でもない。
僕が検事になった時、アニキは喜んだ。真意を知るのはアニキ自身。
僕は、アニキが喜んだのが嬉しかった。それは僕の真実。
その笑顔の時間は僕にとって最高のハーモニーだった。

「オデコくん。」
「王泥喜法介です。」
押し付けていた腕の力を抜いて、一歩下がった。
「じゃあ…ホースケ。」
「え、呼び捨てですか?」
少し乱れたベストとネクタイを直しながら不機嫌な顔をみせる。
「僕の方が年上だろう?レポートがうまく行くおまじないしてあげようか。」
「!本当ですか!!」
一気に表情が明るくなった。どうやら僕以上にレポートに悩まされているらしい。
…まあひとつ屋根の下に今回の責任者がいる緊張もあるんだろうけど。
「目つぶって。」
彼はなんとも素直に目をつぶった。
ちょっと可笑しくなりながら、彼のオデコに『お礼』をする。
彼は途端にドアの傍まで逃げ出した。
「あれ?これやると女の子達凄く喜ぶんだけどなー。」
「お、おぉぉおおお俺は男ですっ!!」
ドアの前で『ツノ』をへたれさせて震える彼が可笑しかった。
「知ってるよ」
「へへ…へんな冗談は止めてくださいよっ!あー!やっぱり来なきゃよかった!!…あれ?手首きついような…って、あれっ!なんか腕痛っ…!!響也さん何かいっぱい隠し事してます!!?」
「?いや何も?」
「だって腕輪がきつくなってるんですよ!!?」
腕輪になにかがあるなんて僕は知らない。それに、今は隠し事だって何も無い。それは確かだ。
事実、直後彼に尋問されたが特になにもでてこなかった。

ただ、彼がこの後この出来事を成歩堂龍一に話したら大爆笑されたという事だ。

「本当なんですって!!隠し事がないのに腕輪が反応して!!!」
「ぷっくっくくくっくっっくく…いや、本当なのは…わかっ…くくっ…あはははははははははっ!」
必死に訴えかける王泥喜をよそに、成歩堂がこらえきれない笑いに腹を抱えて床を転がっている。
「ははははは…じゃあ、ヒントを少しだけ。その腕輪は人の体温に反応して大きさを変えるんだよ。」
「なっ!ヒントってじゃあナルホドさんは原因分かってるんですか!?教えてくださいよっ!じゃないと俺今度から『見抜く』に自信なくなっちゃいます!!」
横で二人の漫才をみていたみぬきが人差し指を自分の頬にあてて呟いた。
「ってことはさ。ガリュウ検事に何かされた時にオドロキくんの体温が急にすっごくすっごく上がったって事だよね。…腕が痛くなるくらいなんだから。」

みぬきちゃんの爆弾発言を残して、その日は論議を終えたらしい。
その夜成歩堂が誰かに笑いながら電話していたとか。

それから数ヶ月、王泥喜法介が検事局の僕の部屋へ一人で来る事はなかった。
…それどころか避けられている気がするのは気のせいだろうか。
今度シークレットライブのチケットでも送っておこう。

-了-


初の逆裁SSです。響王後編です。

最初はナルミツであってキョウオドではなかったんです。
響也の法廷での言動は絶対御剣検事が関わっている!という妄想爆発で書き始めたんですが…

なにかが降りてきました。

書き進むうちにどんどんオデコくんがかわいくなってきてとうとうでこちゅーまでし始めましたようちのキョウさん。
そうこう言っているうちにオデコくんもまんざらでなくなってきているようです。
かわいいなぁオデコくん。

注意:響也の師匠=御剣説は完全に捏造設定です。

2style.net