DOLL
――私ノ着セ替エ人形――






   同じ冷たい空気でも。
        
   夜はその冷たさが心地よく、
   朝は芯まで凍るかのように感じるのは、
   私だけだろうか。
         
        
        
   否。
        
         
           
   夜はその愛らしい唇で体内の熱に喘ぎ、
   朝は頬を染め自らの肩を抱く貴女もまた、
   同じ思いに違いない。
        
        
   だから私は、
   夜毎貴女の衣を取り、
   翌朝新たな衣を装わせる。
       
        
        
   ――このように。
          
         
          
         
 誰もいない未明の廊下。
臥室の扉を開けるといつものように、
真新しい衣装の載った、紫檀の盆が私を待っていた。
           
部屋で着替え直すのを羞ずかしがる彼女の為に、
かの女史が扉の前にそっと置いていく朝の衣。
微かに薫る焚き染められた馨りを楽しみながら、紙片に記された帯の結びと襟の結びに目を通す。
いつもながらの趣味の高さに感じ入りつつ、折り重なる錦を崩さぬように、そっと盆を取り上げ臥室に戻った。
            
            
 盆を枕元の机に置き褥に静かに腰を下ろすと、零れ出た裸の肩にそっと衾を掛ける。
深い眠りにつく少女を無理に起すのはしのびなく、
できる限り自然に起きるのを待つようにしている。
少女の眠りを妨げぬように、愛しい寝顔を眺めた。
             

齢そのままの、あどけない美しい寝顔。

             
 齢そのままの、あどけない美しい寝顔。
整った面に長い睫毛が淡い影を落とし、つい先刻までの淫らな顔は露ほども窺い知れない。
――いや、白い褥に乱れて散る緋い絹糸だけは、昨夜の名残を留め――あれは夢ではなかったのだと、私を安堵させる。
灯火に照らされた綺麗な寝顔に見惚れていると、ゆっくりと瞼が開き、長い睫毛が何度か震えて、
「ん・・・・・・」
 と、無邪気な声がした。
柔らかな光を纏う、まだ覚めやらぬ翠玉を覗き込み、
「おはようございます」
 笑顔とともに額に優しい口づけを贈る。
          
 今日もまた、貴女にとって良き日でありますように。
 そう、願いを込めて。
           
            
「・・・おはよう、浩瀚」
 灯りに目を眇めながら、羞ずかしげに頬を染めて、少し掠れた眠たげな声で微笑と挨拶を返してくれる私の女王。
「まだ早いですよ。もう少し寝まれては如何です?」
「うーん・・・、いいや、起きちゃう」
 衾のなかで伸びをして勢いをつけて起き上がると、笑顔で言った。
「まだ時間があるし、ゆっくり二人でいられるだろう?」
 それとは知らずに男を喜ばせる、彼女の言葉。
絹の衾にくるまり膝を抱えて言い募る姿は、それは愛らしくて。
灯火のもとで暖かな光を纏う翡翠の隣に滑り込むと、彼女の体が冷えぬよう華奢な背中を抱いた。
「寒くありませんか?」
「うん。大丈夫。――そうだ。この前、庭でね・・・」
 大らかで機知に富み、優しい貴女の話。
他愛の無い会話も、彼女とならば楽しい。
          
         
           
 暫く楽しい時は続いたが――いつまでもこうしていることは出来ない。
「主上、そろそろ着替えましょう」
「え?もう?まだ暗いのに」
「着替えてまた、話の続きを致しましょう」
 名残惜しそうに彼女が頷いたのを見て、臥牀から降りると次の間に行き、まず私が手早く着替える。
そして臥室に戻り、盆の上の衣に手を伸ばすと、少女が臥牀を降りた。
羞ずかしげに前を隠し、私に背を向けながら。
          
 丁寧にたたまれた衣を手に取り、
滑らかな手触りの衣を肩に着せ掛ける。
背後から腕を回して首筋に息をかけると、
身体をびくりと固くした。
         
まだ慣れぬ初々しい反応に、小さく微笑を漏らす。
       
         
        
「あの・・・下着くらい、自分で着れるから・・・」
「し――御静かに」
 彼女の戸惑いながらの抗議を封じ、私は白い衣を羽織らせた。
腕の檻を解くと直ぐに飛び立ってしまう、
鳥のような方。
自由で真摯な心根で、人の思惑など軽々と飛び越えてしまう。
その絶対的な光輝と存在感で、私を引きつけ従える美しい女神。
         
 だが、この時ばかりは、
私の腕の中で――私の願い通りに動いてくれる。
まるで、着せ替え人形であるかのように。
           
            
肘に触れると、腕をすいっと持ち上げる。
腕をあげて袖を通す仕草も、愛らしく。
襟に触れると、髪をふわりと掻きあげる。
首筋の後れ毛を払う仕草は、艶やかで。
           
前に回りこむと、次を察して少女が再び腕をあげた。
前を合わせて鋲をとめ、
おとなしく私の腕に収まった細い腰を、
丁寧に帯で巻く。
殊更にゆっくりと。
少しでも長く、貴女の吐息に触れるために。
         
           
 着付けを終え、美しい面を見上げると、
愛しい少女は、照れたようにあどけなく笑った。
          
その精神の自由さを心から敬愛しながら、
無垢な少女の体を願い通りの『女』に育てる歓びに浸る――この、至上の背徳。
          
           
「流石祥瓊ですね。いつもながら、確かな見立てだ」
 この人形は大層美しく、
どんな衣装も飾りも、難なく着こなしてしまう。
逆に、装飾を排した質素と言えそうな官服も、
その美貌と輝きを際立たせる。
           
「上手だなあ。綺麗に着せてくれるね」
 女王の賛辞に、私は澄まして返した。
「私は残念なのですが。・・・・・・服が、貴女の美しい体を隠してしまう」
          
        
          
 だが。         
いずれ貴女は知るだろう。
私の想いは逆なのだと。
           
本当は、嬉しいのだ。
――服の下に隠された貴女を、誰にも見せずに済む事が。
        
「・・・・・・残念?」
 小首を傾げ、瞳を覗き込むように相対するのは、
相手の心を見透かそうとする時の貴女の癖。
「ええ、実は」
 私は苦笑しながら答えてみせた。
そんな私に、少し考え込む素振りを見せたけれど。
        
            
いずれ貴女も知るだろう。
灼熱の砂漠より尚焼けつく温度で、貴女を恋うる私を。
揺らめく空に浮かぶ蜃気楼は、いつも貴女なのだと。
熱砂と空気が僅かに冷える夜に、貴女という泉を飲み干して、
漸く癒されているのだと。
              
けれど貴女にはまだ、判るまい。
貴女は若く、真っ直ぐに過ぎるから。         
       
             
そんな貴女だから、時が来るまでは。
――私も、貴女が思う通りの、普通の恋人でいようと思う。
          
          
          
「そういえば浩瀚、昨夜、朝渡したいものがあるって言ってなかった?」
 考え込んだついでに、昨夜私が告げた言葉を思い出したようだ。
「ええ」
 微笑んで枕元に手を伸ばし、包みを取上げた。
「主上。これを」
 手渡された細い包みを素直に受け取ると、私を見上げる。
「開けてみてくださいませ」
 丁寧な手つきで包みをほどき、中から現れたものに目を丸くした。
「首飾り・・・?」
 丸い桃色の珊瑚の首飾り。
細い金の鎖に一粒の――勿論、品は極上の――珊瑚をあしらった、彼女にも抵抗感のなさそうな、すっきりとした意匠だ。
「先日、城下で見つけました。練習と思ってつけてください」
 私の言葉に可愛らしく、頬をぷくりと膨らませる女王に苦笑する。
「これ位なら、普段でも気にならないでしょう」
 私の言葉に頷いて、
「うん、嬉しい・・・ありがとう」
「つけてくれる?」
「――今ですか?」
「お願い」
 嬉しそうに言うと、私に華奢な背を向けて髪をかきあげた。
現れた項の白さと髪の紅――鮮やかな二つの色が、私の目を射る。
あまりの無防備さに、私は溜息をついた。
        
 襟をはだけて、現れた襟足に口づけを贈る。
「こ、こうかん?」
「いつも申し上げているでしょう?主上は自覚が無さ過ぎます。折角早起きなさったというのに――」
 もう一度、口づけして。
「二度寝してしまっては、水の泡です」
「ににに、二度寝って!」
 素直で初々しい反応に、思わずくすりと笑みが零れてしまった。
「からかったなっ!?」
「からかってなどおりません。ほら、――このように」
 そして、何度も口づけを繰り返して。
私が口移しに与えた熱で、
滑らかな肌が、ほんのりと薄紅色に染まった。
         
           
        
 甘い肌をゆったり味わっているうちに、
二人だけの時の終わりを告げる、朝の光が差し込んだ。
         
一条の光が差せば、夜闇が払われるのは早い。
刻々と流れてゆく時を惜しみ、払暁と競いながら少女の身体を高めていく。
「ん・・・ああ・・・」
 甘い吐息を漏らしながら仰け反る項に、何度も口づけを繰り返す。
崩れた襟の間から覗く肌は薄紅色に上気し、細く長い指が切なげに私の衣を握り締める。
「あ、はあっ・・・あっ」
 錦の襟を腕に絡め、脱ぎかけの衣に包まれて華奢な肢体が悶える姿は、大層淫らに映る。袖の揺れさえもが、扇情的で。
「駄目、こんな時間から・・・ダメ・・・」
「何が駄目なのですか?」
 脚に置かれた貴女の手は、衣ごと私の腿を握って絡みついているのに。
 まろやかな肩を露にして淫らに悶える、私の人形。薔薇色に上気した面は切なげに美しく、汗の珠が浮かぶ胸がときに大きく上下する。
「あああっ!」
        














 漏れた声の大きさで、びくり!と少女が我に返った。
「あ・・・・・・」
 戸惑ったような、羞じらいに消え入りたいような、そんな呟き。
「・・・せっかく、綺麗に着せてくれてたのに」
 甘い溜息をつきながら漏らされた言葉に、さらりと答えた。
「この程度の乱れなら、直ぐに直せますよ」
荒い息をつきながら  羞ずかしそうにふいっと横を向く。
何度か深呼吸して息を収めると、 私の前に背筋を伸ばして毅然と立ち、くるりと一旦背を向けると、私を振り返って告げた。
「その首飾りをつけて、また衣を着せてくれ。今度は脱がすなよ」
 どうだ、参ったかと言わんばかりの表情と口調に苦笑した。
気品溢れる立ち姿に、無邪気で愛らしい所作。
こういう時の自分がどれ程魅惑的に映るのか、貴女は知らないでしょう。
          
「承知致しました」
 手を伸ばし、前方へ回した珊瑚を静かに肌に下ろす。
留め金をとめ、留め金の環の中に――丁度飾りの対になる位置に、唇で珊瑚を飾った。
――これくらいの悪戯は、赦されるでしょう?
         
         
 こちらを向かせて抱きしめ、額に口づけを贈ると、
上気した肌に冷えた珊瑚が気持ちいいのか、僅かに首を竦めて目を細める。
まだ上気した肌に溶け込むような薔薇色の珊瑚が、滑らかな肌の上で朝の光に煌いた。
       
少女は、珊瑚を見下ろして笑ってくれた。
「こっちでは紅い珊瑚ばかり見てたから、何だか懐かしいなあ。向こうで見た飾りは、珊瑚っていうとこんな色だったから」
「良くお似合いです」
     
       
       
見える処に飾る珊瑚は、
極上の深紅が映えるであろう。
まるで彼女そのもののように、
炎のような、華やかな。
         
だが私は、
素肌につけるのであれば。
少女めいて愛らしい、
柔らかな色合いも似合うだろうと、
ずっと思っていた。
           
張りと滑らかさを併せ持つ若い肌と
自然の光にこそ映える、
この薔薇色の――海の宝石。
        
命ある物特有の、
まろやかで温かみある輝きが良く似合う
――少女のまま時を止めた、大輪の華――
           
          
          
少女は、珊瑚をそっと手で包み
「嬉しい・・・」
 呟くと、私を見上げて面映そうに幸せそうに微笑んだ。
「ありがとう。大切にする」
 春を告げる白木蓮のような、凛と清楚で、それでいて柔らかな笑顔。
まるでこの部屋だけ、一足早く春が訪れたかのような。
         
          
 私が再び腕を伸ばすと、次の動作を察して、
人形が腕の中に静かに収まった。
一枚ずつゆっくりと、衣を重ねていく。
             
 しなやかな長身の肢体と鮮やかな存在感の女王は、概してすっきりとした意匠が映える。
そのため、衣装自体に大袈裟な飾りがつくことは少ないが、女王の官服の襟には、祥瓊の根気強い説得で妥協したという、錦の飾りがあしらわれている。または、無地でも模様を織り込んだものであったり――女王が困惑しない程度の手間と費用で、女官たちはいつも女王を美しく飾る。
女王は着飾るのを尻込みするが、彼女達の気持ちも判るのだ。
これほど何でも着こなす美しい宝石ならば、大切に、美しくくるんで誇りたいではないか。
        
勿論、何もつけぬ原石のままの姿もそれは美しいが、
――それは私だけが知っていれば良いことだ。
        
           
 今日の襟は、上になるほど淡くなる、艶を消した上品な黄の透かし織。
すっきりとしていながらも、幾重にも重ねられた微妙な色の違いが、それは見事なものだ。
丁寧に襟を重ねて、珊瑚を隠す。
華奢な意匠の首飾りは、重ねてしまうと衣の上からでは判らない。
――まだ秘密の、私たちの情事と同じように。
  彼女の肌に散らされた、私の唇が刻んだ珊瑚と同じように。
            
                    
先程のように帯を結び直し、
色目や模様の具合を見ながら、襟の重ねを調整する。
「さあ、出来ました」
「ありがとう」
          
たおやかに微笑むその美しい面からは、甘い疼きは遠く感じられ。
高く通った鼻筋も、凛と結ばれた唇も、手を伸ばし難い気高さを纏う。
こういう時、思いを馳せずにいられない。
         
やはりこの少女は――神なのだ。
どれ程体を重ねても、
この腕の中には収まりきれない遥かな存在なのだ、と。
         
 
                
 時折不意に湧き上がる灼けつくような想いに囚われつつも、
すっきり整った立ち姿に思わず見惚れた私に、
「じゃあ、朝議で」
 背伸びして口づけをすると、扉の向こうへ消えていく。
           
挨拶の口づけはまだ、頬に贈られる。
いつの日か唇にしてくれるのだろうかと思いながら、
軽やかに去る小さな背と、背で揺れる緋い波を見送った。
             
          
           
   私ノ着セ替エ人形ハ
   薔薇ノ珊瑚ガ素肌ニ映エル
   絹糸ノ髪 磁器ノ肌
   心騒ガス 翡翠ノ瞳
       
   人為デハ決シテ作レヌ
   天ノ匠ニ天ノ色









2003.3.13 UP















森屋黎子さまからの貢ぎ物・第二段!!vv



◆森屋さまのお言葉より◆
えっと、えっと、コーラルピンク桃色閣下です。
描写的には大したことない・・・ような気もするんですが。
×××××し!
(←伏字にしました(笑)/め)
だから、本来基準からいくと表だったんですが、
これを表に出すと人格疑われそうな気がするので、うちでも裏アップです。
もしそちらにアップされるのでしたら、さしさわりのある処を
お好きな大きさにカットしていただいてくださいませ。←ケーキ?
うちの地下牢にはフルバージョンがあがりますので、
もうどう加工していただこうとお好きなように。
何でコーラルピンクでこういう話になるのか、それは私にも謎です・・・。
降ってきたんです、天から!(真剣)









へっへっへvv お言葉通り戴きましたわ〜!!
しかも「どうカットするのかな〜」ということで…。
ふふふ、どうだ!!(自我自讃?)
「多少文章変えてもいいですよ〜」とおっしゃって頂きましたが、
ヤバげな部分カットのみです!!えっへん!!
これで、少なくとも(え?)「夢見る佳人」くらいに
Rレベル、揃ってるのではないか、と^^;。
森屋さんちの地下牢に入っても大丈夫なお姉さま方は、
どこら辺がカットされているのか、読み比べるのも
これまた一興かと(私ゃ内心冷汗ものですが^^;;)
従順天然主上人形vv、私もひとり欲しいです…(笑vv)



森屋さま!!vv 爆走閣下なお話(笑)、ありがとうございました!!vv
…また、天から降ってきますように!!(熱望v)

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