観楓
「宮城で一番見事な景色となれば、やはり掌客殿へ渡る回廊からの眺めかしら」
「私は、太宰府に面したお庭院が好きですわ」
「あら、冢宰のお居院も、素晴らしいと聞いておりますけど」
───それは、紀州に見事な紅葉林があるとの州候の招きに応じ、祥瓊や鈴、幾人かの女官と警護兵を引き連れ、州都を訪ねた帰り道。何とはなしに、随従の女たちの、たわいないお喋りを聞いていた陽子だったが。
(へえ、……浩瀚んちの庭院から、紅葉なんて見えたっけ?)
騎獣の背に揺られたまま、ひとり、思い巡らせてみた。
夕映えの紅葉は、一際鮮やかに朱がはえる。
灯りもつけずに窓際から外を眺める男は、ふと、房室の入り口に人の気配を認めた。
「───主上」
思わぬ訪問に驚き、榻から立ち上がって跪礼しようしとした浩瀚を止め、陽子は窓辺へと近づいていく。
「お早いお戻りでしたね。お出迎えもせず、無礼を致しました。…どうかなさいましたか?」
美しく結い上げられた赤い髪を纏めた、翡翠の歩揺が揺れる。盛装も解かれぬまま、帰還して直ぐに出御されるとは何事か、と、訝る冢宰に微笑みながら、陽子は道中での経緯を話した。
「こんなに見事な景色が身近にあるなら、わざわざ大層な格好をして遠くまで行くことはなかったな」
「それを聞いたら、州候が嘆かれますよ」
手摺に凭れ、嬉々として庭院を眺める少女の半身に、黄金色の夕日が映ずる。
紅葉の朱、夕暮れの朱。───朱色の少女は、空間に蕩けてしまうかのように、そこに居る。 神々しいほどの光耀を放つその姿に、男はただ、見惚れた。
「ここの庭院がこんなに美しいとは、全然気がつかなかった。浩瀚は紅葉が好きなのか?」
少女の何気ない言葉に、浩瀚はくすりと笑う。
「───何か、変なこといったか?私」
意味ありげな微笑みを浮かべたまま、黙する男に業を煮やして、陽子は榻へと詰め寄った。
男の上に圧し掛かり、背中に腕を廻す。
「さあ、白状しろ」
一見愛らしく思えるその仕草は、少女にとってはいつもの悪ふざけであったが、男にとっては全く違う意味を含んだ。
官服を纏い、括っただけの髪をなびかせている普段の少女とは別の、艶やかな女が、自分を無邪気に覗き込む。
男は、澄んだ両の翠玉を見据えながら、そっと囁いた。
「紅葉は、貴女です」
陽子は一瞬、その意味を計りかねたが、自分が先ほど言った科白を思い起こし、ぱあっと顔を赤らめた。
「そうですね…今は、窓外の紅葉より、目前の紅葉を愛でなければ───」
逃げてしまわないうちに、と、続けた男は宣言通り、自分の名を呟く少女の朱い唇を…指で、唇で───ゆっくりと、愛でた。
2002.10.6 UP
…なーんちゃって^^。
和州とかにすると、色々カドが立つので(大笑)、まだ見ぬ(?)紀州ということで。
「誘い受け」になってますか〜〜? へっへっへvv。(揉み手)