満月の夢






夕餉が終り、人々がそろそろ寝床に着こうかという時刻。
書類を手にして急ぎ足で歩む陽子の姿があった。
そこには、雲海を貫く凌雲山の中腹に冢宰をはじめとする高級官吏達の 公邸が立ち並んでいる。そのうちの一つ、明かに周囲とは一線を画す建物に 陽子は消えていった。

「ごめんください。 ……あれ?」
何故か取り次ぎの者さえいない門をくぐり、建物内に足を踏み入れても そこに仕える者の一人として姿を現さない。
しんと静まりかえった建物の中を、陽子は仕方なしにそのまま主の房室へと 向う。こちらの建物は基本的に造りが同じなので、初めて行った所であっても 迷うことは少ない。


結局誰にも会うことのないまま陽子は目指す房室へと辿り着いてしまった。
「浩瀚?」
返事がないことに、おかしいな、と首を傾げつつ僅かに開いた扉から中を 覗きこんでみる。しかし、そこにも人の気配はなかった。
どこに行ったんだ? と思う反面、好奇心がむくむくと頭をもたげてくる。
しばらく逡巡した後、陽子はそっと扉を開けて起居の中へと入っていった。
そこは一国の冢宰の私室とは思えないほど簡素な部屋だった。飾りといえば 花瓶に生けられた桔梗の花と壁にかかる一幅の画だけ。あとは壁一面が書棚で 埋め尽くされている。近寄って帙の背表紙を眺めてみるが、そこに書かれている のは陽子には理解できない難しい言葉ばかり。
右の間もまた本で埋め尽くされた書斎。
左手の部屋は臥室。暫しためらった後、足を踏み入れる。
そこは牀榻と衣装棚、小さな卓子と椅子、そして窓辺に飾られた萩の花が あるだけの殺風景な部屋だった。
いかにも浩瀚らしいな、などと思いながら、卓子に書類を置くとそっと牀榻に 腰を掛けた。
上半身だけ寝転がってみれば、上掛けからは普段浩瀚が身に纏っている 伽羅の匂いが微かに香る。
自分の前では居眠りどころか乱れた顔さえ全く見せない彼だけど、 この牀榻では寝ているわけで。意外と寝相悪かったりして、などと想像して 思わず笑ってしまう。
深く息を吸いこめば肺の中に彼の香りが満ちる。
――こうしていると、あの腕に包まれてるみたいだ



湯殿から自室へ戻る途中ふと空を見上げると、丸く満ちた月が輝いていた。
耳を澄ませば園林のほうからは微かに虫の声が聞こえる。
永い時を生きていると一年などはあっという間だが、こうして季節は変わらず 訪れる。ふっと襲ってきた冷気に襖の合わせ目を掛け合わせながら、浩瀚は 自室へと再び歩み始める。
――この後は日記を書いて、あの本を読もう。
明日は朝議の前に主上のもとに書類を取りに伺わねば――
つらつらと考えながら自室に戻り、臥室へと足を踏み入れる。
そこで目にしたものは、我が目を疑う光景だった。
月明かりに浮かびあがる紅の髪。牀榻にもたれるようにして座る主の姿。
慌てて近づいてみれば、すやすやと気持ち良さそうな寝息が聞こえ。
ここにいるはずがないその姿に、夢か幻かと思いそっと頬に触れてみると その温もりが現実であることを教えてくれた。
何故ここに、と訝しげに周囲を見まわしてみれば、明朝受け取るはずの 書類が卓子に置かれていた。
「おやおや。
主上? こんな所でおやすみになっていると襲ってしまいますよ?」
ぐっすりと寝こんでいる姿に無駄だろうとは思いつつも声をかけてみるが、 主は全く反応しない。
「信用して頂いているのか、挑発しているのか…
 仕方ありませんね」
不自然な姿勢で寝る主を抱き上げて牀榻に寝かせつける。意外に軽いその体を 持ち上げると、仰のいた首筋の白さが目を灼く。
「今夜は客庁でやすむことにしましょう」
自分に言い聞かせるように呟くと、早々と牀榻を離れようと背を向ける。
しかし微かな抵抗を感じて振り向けば、袖の端を少女が握り込んでしまっていた。
恐らく抱き上げた時に掴んでしまったのだろう。
そっと袖を引っ張るが余程強く握っているのか、全く外れる気配はない。

かなりの沈黙の後、浩瀚はそっと夜具の端を持ち上げた。
「貴女が誘ったんですよ」

「貴女が誘ったんですよ」

その身を牀榻に滑りこませながら、そっとくちづける。
愛しい少女を抱き寄せて、浩瀚は瞳を閉じた――









2002.12.4 UP








◆月木さまのお言葉より◆
お互いに片想い中という設定の浩陽です。
今回は秋らしく。桔梗に萩に虫の声。ついでに満月。
私のイメージでは、浩瀚は和風なひとです。なので
お香にお華。今度はお抹茶でも飲ませてみるかな(笑)。
こんなのでよろしかったらどうぞ持ち帰ってやってくださいませ(礼)








その後は!?その後は!?!?(@@)←やめなさい。
月木水羽さまのサイトをお尋ねしましたら、
丁度10000HIT御礼企画ということで、SSを配布されてまして
「ラッキー!!vv」と、攫ってきた次第です^_^/
しかし…浩瀚、我慢強い男よ(爆)。つーかこの場合、
陽子が目覚めてからの方が見物…?うひひvv(←重ね重ね、やめなさい)

月木さまv、素敵なお話を、本当にありがとうございました!!vv

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