牀榻

 

 

 

 一体、どういうつもりなんだろう…。


 広い房室にただひとり、陽子は呆然と佇んでいた。
 仰ぎ見れば、羅紗張りの、煌びやかな高い天井。淡い色調の壁面に金銀で上品な模様が刷られた、ここは恐らく、この舎館で一番上等な房室であろう。
 螺鈿を埋め込まれた豪奢な榻にぽつんと腰掛け、来ぬ人を待つ。
















   ────広い房室の片隅には、扉を閉じられた牀榻が、その存在を強く主張している。






















 一体、どういうつもりなんだろう…。
 隙を見つけては金波宮を抜け出し、関弓で隣国の王と逢うのは、陽子にとって楽しい息抜きだった。城でのこと、政のこと、面白いこと悔しいこと、決して饒舌ではないながらも、身の回りにあったことを忌憚なく語る自分を、時には笑い、時には諭し、優しく励ましてくれる男。
 こんなに立派な舎館を取る必要などないのに、とは、毎回思っていたが、男の習慣を変えることも出来ず、今回も、鶯の伝言に従った陽子を、舎館の主人は恭しくこの房室へ案内したのだ。




   『お連れの方がおいでなさるまで、暫くお待ち下さいませ、お嬢さま』




 一体、どういうつもりなんだろう…。

 ちらりと、横目で見る。───意識せずにはいられなかった。
 房室に入り、牀榻を目にした瞬間、沸き上がった怒りと羞恥、次いで襲った戸惑い、疑問…。
 すっかり途方に暮れながら、まんじりともせず待つこと、小半時。ようやく、階を上がってくる、確かな人の気配を感じた。





























 「悪いっ。待たせたな、陽子! いやあ、出掛けに煩いのに捕まって───」
 な、と続くはずの言葉は突然呑み込まれた。
 衝立より頭一つ飛び出た男が目にしたのは、豪勢な牀榻と、榻に腰掛ける───女。
 思わずぎょっとし、牀榻と陽子を交互にぶんぶん見比べて口をぱくぱくさせる延王は、明らかに動揺していた。己の僕が目撃していれば、生涯、話の種にされたことであろう。
「ななななな、なんだって女の格好をしてるんだ!?」
 ───かなり失礼な言い草だが、いつも質素な袍を纏って現われる少女に対して、これは正直な科白だった。
 だが、案の定、陽子は少々眉を顰める。
「…丁度、女官たちが街に降りるというから、襦裙姿で紛れて来たんだ。悪かったか?」
 ふてくされる少女をじっと見つめ、ふうと溜息をついた男は、やおら、くつくつと笑い出した。
「そうか…なるほど判った、すまなかった、別に陽子が悪いわけじゃない…悪いわけではないのだが…」
 傍らに視線を向ける。
「寧ろ、驚いたのではないか?」
 意地の悪い笑みを浮かべた男に、青ざめた顔の少女は、すっくと立ち上がった。
「私…帰ります!」
 しかし…
「まあ…!どうなさいました!?何か不都合でも?」
「ささ、どうぞお部屋へお戻り下さいませ」
 衝立の前で揉めていた二人の間は、酒肴を捧げ持ってきた女達によって、するりと遮られる。 柔らかに宥めながら房室をしつらえていく手際の良さに、陽子の気はすっかり削げてしまった。
「…では、旦那さまにお嬢さま、ごゆるりと」
 微笑みながら房室を後にする舎館の主人を見送りながら、延王はぽつりと呟いた。
「どうやら俺たちは、逢引きをしているのだと思われているらしい」
「はあ!?」
 思いがけないことを言われ、すっかり呆れかえった陽子は、そういえば…と反芻する。
「…なるほど、舎館の主人は私のことを、しきりに『お嬢さま』と呼んでいたな」
「その身なりだからな。さぞ、金持ちの娘だと思ったのだろう。 …言っておくが、俺は単に、俺より先に人が訪ねてきたら、房室に通しておいてくれと、 適当な金子を預けただけだ。訪ねてきたのが『女』だったから、このような房室に通したのだろうよ」
 陽子は自分の姿を改めて眺めた。幾ら貧しいと言っても、 一国の宮で働く女官が身に付ける襦裙は、決して見窄らしいものではない。 質素だが、上等な縫いの襦裙を着た娘が、舎館で男を待つ姿は、傍から見れば確かに『逢引き』だと思われても仕方がないかも知れない。そう、考えると、陽子はぷっと吹き出した。
「…ああ、そうか…そういう…ことだったのか。もっとよく考えるべきだった。一人で赤くなったり青くなったり…馬鹿みたいですね」
 くすくす笑い出す少女をみて、男はほっと安堵した。
「まあ、掛けろ。仕切り直しだ。鶯では教えて欲しいことが二三あると言っていたが」
「ざんざん待たされた上、要らぬ気を揉みましたからね、今日はしつこく付き合って戴きますよ」
「───構わぬさ」
 榻へと促す為に、華奢な肩に触れた男を見上げた、少女の微笑みからは、艶気の欠片も感じられない。 そこにあるのは、ただ自分を慕う、尊敬の眼差しだけ。
 男は、手放しで喜べぬ自分の心中を苦笑った。






























 ───下心がない訳ではない。
 すっかり酔いつぶれた少女を抱きかかえ、男は牀榻の扉を開いた。
 そっと横たえて、暫し、朱に染まった顔を見つめる。
 襟元を緩めると、頬に手を添え、困ったように微笑んだ。
「幾らなんでも───俺を信用しすぎるぞ」
 そして、誰ともなく呟く。
「使令付きの御身に、不埒なことなぞせぬから、安心せよ」
 ───並ならぬ身だけが感じることの出来る気配が、闇に溶ける。
 それを確認してから、再び少女を見遣り、悩んだ挙句、これくらいは許されよう、と、にやり笑い、 緩めた襟元の奥にひとつ、朱を落とした。
 それから、ぎゅっと抱き締めた腕をゆっくりと離し、どうしようもないな、と、独り言ちたまま、房室を後にした。






 いつか、きっと、この手に───。









2002.10.1 了








 うう、大変お待たせしました〜〜(><)、お題「ラブラブ延陽」。…これが『ラブラブ』と言えるのかどうか、果てしなくナゾなんですが(陳謝)。
 「「悪戯」みたいな話でも」、ということだったので、そんなに濃くない話(大笑)を…と、まだ密着(笑)してない頃───恋愛未満な二人を書いてみました。 つーか、どちらかといえば、延王片思い系?(^_^;) こうなると、どうして延王に恋心(爆)が芽生えたのか… なんつーのも、気になるところですね^^。…ちなみに、相変わらず、陽子は無自覚です(笑)。
菊倉るみかさま、900HITありがとうございました!vv これからもよろしくお願い致しますvv

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