心酔

 

 

 

 「この世界では、子は親に似ないんだったよなあ」
 脈絡もなく、ぽつりと呟いた少女に、傍らで書類を捲っていた男は、怪訝そうに顔を上げた。
「───そうですが。どうかなさいましたか?」
「いや、私のいた世界では、先代の特徴が代々受け継がれていくんだ」
 親から子へ、子から孫へ。そういえば、遠甫には、以前話した記憶がある。
「性格…は、育った環境の影響もあるだろうけど、骨格や外見は、確実に遺伝する」
「遺伝───」
 正直、そう言い切ってしまう程の自信がある訳ではなかったが、学校で習った記憶を辿りながら、たどたどしく答える陽子の話に、浩瀚は、興味深く聞き入った。
「私などにとっては、とても不思議な話ですね。…で?」
「いや…親に似ないんだったら、その顔貌は、一体どうやって決まるんだろう、って」
 互いが互いに、相手の持つ ―常識― が、理解しかねる話題である。急に降ってわいた主の疑問に、冢宰はしかし、さらりと答えた。
「それは勿論、天がそう、お作りになったのです」
「なるほど、そう来たか」
 ───言われてみれば当たり前過ぎる返事に、少女は思わず唸った。くつくつと笑う男を、ちろりとねめつけながら、拗ねたような口調で続ける。
「あちらでは、容姿を褒める時に、例えば「お母さんに似て綺麗ですね」とか「お父さんに似て格好いいですね」なんて言うことがあるんだよなあ。でも、ここじゃそういう例え方って出来ないから…」
「───誰か、そのように容姿を褒めたい者がいるのですか?」
 穏やかな表情に反し、どこかひんやりする男の声音に、陽子は瞠目し、思わず吹き出す。
「主上?」
 ひとしきり笑った少女は、自分を見つめる男の頬をしなやかな掌で包んで、微笑んだ。
「ばか」
 お前のことだよ、と甘く囁かれた男は、心底意外そうに瞬いた。
「私…ですか?」
 国主に似、生真面目揃いな金波宮の女官にあっても、若く怜悧な冢宰の相貌に心惹かれる者は少なくない。勿論それは、貴人に対する他愛ない憧れに過ぎなかったが、傍近くに居、直に触れ合うことの出来る陽子としては、複雑な心境であった。
 その瞳でじい、と見つめられると、どきどきするのは、自分も女官と同じだから。
 我が事のように得意げに自慢したいような。他の誰の目にも晒したくないような。
「主上が、この姿を好ましく思われるなら、天に感謝すべきなのでしょうが───むしろ」
 そう言って、少女の両手首を、そっと手中に収め、軽く抱き締める。
「こ、浩瀚?」
「私としては、あなたの、この見事な赤髪や」
 背中越しに、少女の髪を弄ぶ。
「宝重に勝るとも劣らない、玉のような碧瞳や」
 目じりに、唇を寄せる。
「芳しくなめらかな肌や」
 そうして、そのまま唇を滑らせ…。
「───愛らしく誘惑する、この唇や」
「や…!」
 頤に指をかけ、そっと口づけようとする男の腕から、身を捩って逃れた陽子は、きっ、と相手を睨みつけ、感情のままに叫んだ。
「じゃあ、浩瀚は、私の髪がこんな色じゃなかったら、私を愛さなかったのか!?」
「いいえ」
 穏やかな即答に、少女は我に返る。次いで込み上げる恥ずかしさに、顔を赤らめた。
「───ごめん」
 男の容姿を褒めておきながら、自分の容姿を褒められて怒るなんて、支離滅裂だ。
 陽子は、居たたまれない気持ちで、書卓に両手をついた。───その手を自らの手でそっと包み込む男の瞳は、柔らかく微笑んでいる。
「確かに、主上のお姿ををそのように下されたのは天なのでしょうが、天がしたことはそれまでです」
「浩瀚…」
「あなたがあなたらしくありたいと思い、尽力されることによって、周囲に与える印象は全く違うものになる。だとすれば、それ以降は天の範疇外ではないのでしょうか。こんな考え方は、もしかしたら不遜なのかもしれませんが」
 確かに…そうなのかもしれない。
 自分では絶世の美女だなんて思ってはいないが、少なくとも、今の私は、訳もわからずただ嘆いていた昔の私ではない。私を好ましいと思う人がいるのであれば、それは外見だけが理由ではないのだろう。そして。
「お前が、女官に慕われる訳が、なんとなくわかったよ」
「───私は女官にしか好かれていないのですか?」
 心外そうに問いかける男を、少女はくすりと笑って、抱き締めた。











(でも、やっぱり私は、浩瀚が浩瀚の姿であることを、天に感謝したい気持ち)











 少女らしい想いは、心の中に閉じ込めて、今度は───男の口づけに、素直に溺れた。









2003.4.30 了








 有沢凛さまのサイトで開催された、「妄想万歳!浩瀚さま祭り」参加話^_^。言わずもがな なことをイチャイチャやってる辺り(笑)、ラブラブ初期vvだと思われます(人ごと)。
 例えば、一卵性の双子でも、環境によって全く違った人相に育つ、なんて話があるように、容姿って生まれつきのものだけではないと思うのです。閣下が容姿端麗だと思われるのは、その人望によるところも大きいんだろうなあvv、と^^。勿論『第一印象』は重要ですが!!(爆) 陽子の呟きは、私の呟きかも。うふvv(…ヲイヲイ)。
しかし、仕事中に何やっとるかね、キミタチ…って話ですな^_^;。


有沢さま、駆け込み参加させて下さって、ありがとうございました!vv





戻る

 

2style.net