暑禍





「なんで、よりにもよって、うちでかかるんだ!?」
珍しくも真剣に苛立った様子の王に、しかし女官長は容赦なく言いきった。
「主上があちらこちらと連れ回すからですっ!」
お疲れにもなりましょう、と呟きながら女官長は薬湯の入った器を盆に乗せ、廊下を歩いていった。
景王陽子が非公式で雁国を訪れて数日。
今回は非公式ということで使令以外の伴はない。
今朝がたのことである。
朝食の席についた陽子は、延王に、身振りで何かを訴えようとした。
「何だ?聞こえぬぞ。」
訝りながら近付いた延王に、陽子がか細く囁いた。
いや、囁いたのではない。
音としての声が、出せないのだ。
口だけを動かして、陽子は言った。
「声が、出ません。」



なんでこんな暑い盛りに風邪になるのだ!?
よりにもよって、雁国訪問中に!?



延王が苛立ちも露に周囲に当たり散らすのを尻目に、古株になれば四百年以上の経験を誇るという玄英宮の女官たちはてきぱきと瘍医の手配から薬湯の準備から、黙々とこなしていった。
熱はない。
ただ、ひどく咳込むことがあり、窒息しそうに苦しげな顔をするという。



「主上がうろうろなさっても陽子様が良くなるわけではありませんよ。少しは落ち着かれたらどうです。」
朱衡の言葉にも、延王は部屋の中を苛々と動き回るのをやめない。
自分の小言に従った例のほうが少ない主に、朱衡とて期待している訳ではなかったが。
「図体のでかいお人に動き回られては目障りでございます。仕事の邪魔になりますのでどこぞへ遊びにでもお出かけになっていただけるとありがたいのですが。」
王にこんな口をきく官がいる国は他にはないだろうが、雁国ではこの程度は普通である。
そしてこれはもちろん、遊びに出かけることは多くても仕事をしていることが少ない主への、朱衡の完璧な嫌味だ。



「何と説明をするのだ。慶国の者たちに。」
苦々しげに延王がつぶやいて、榻に身を沈めた。
「延王の手に預けたら陽子が病気になったなどと、非難されてはかなわん。」
不機嫌極まりない主の言葉を、涼しげに聞き流しているかのように、朱衡は仕事を続けていた。
少し経ってから、口を開く。
「気を抜かれたのでしょう。」
さらりと、朱衡は言った。
「何?」
延王が、目を上げる。
「陽子様はわが国に来られて、張りつめていた緊張が解けたのでございましょう。慶国では、おちおち体調も崩してはいられませんからね。王が身体が弱いというだけでも、いまの慶国では不安の材料になります。」
まだ荒廃から完全に復興していない、国では。
「わが国に来られて安心されたのでございます。御身が休養を要求されていると、お国では主張できませぬゆえに、わが国でごゆっくりお休みいただくのでございます。」
「朱衡。」
「と、おっしゃればよろしゅうございましょう。」
「何だと?」
「慶国の者に苦情を呈されたならば、そのようにおっしゃればよろしいかと。」
延王はひとつ、溜め息をついた。
苦笑をひとつ漏らして、呟く。
「わが国の官は、度胸があるな。」
「五百年の王朝を誇る国でございます。女官たちの経験と知識も慶国とは比べ物になりませんでしょう。陽子様には、今回お飲みいただいた薬湯の処方を、お土産にお持ち帰りいただきましょう。」
笑みを浮かべて、朱衡が流れるように言葉を紡ぐ。
「金波宮では、知られていないはずのお薬が相当ございます。」



苦しそうに咳込む声に、足を止めた。
陽子が寝かされている部屋の、外にまで聞こえてくる苦しげな声。
そっと扉を開けて臥牀に近付くと、息を継ぐ間もなく咳込む陽子がいた。
咳は、身体を横にしていると苦しくなる。
けれど、寝ていなければ病は癒えない。
「大丈夫か。陽子。」
そっと、声をかける。
陽子は薄く目を開けて延王を識別したが、声を発することが出来ない。
「水飲むか。」
優しく、労られるようにかけられた声に、陽子は黙ってうなずく。
延王は、片手でひょいと陽子の背を抱き起こし、右手で杯の水を飲ませる。
ごくりと飲みこんだ陽子は、擦れた声を発する。
「お世話をおかけして・・・。」
「良い。」
話そうとすると、とたんに咳込む。
「ここにはおまえに立派な王であれと強いる者など誰もいない。ゆっくり養生したらいい。」
慈しむように、そう言ってやる。
陽子は安心したように、そのまま延王の胸にもたれかかった。

暑禍

「慶では甘えられなかった分、力が抜けたのだ。雁では、甘えても良いのだぞ。」
朱衡の受け売りだが、と、苦笑しながら延王は言う。
「延王。」
変わらず擦れた声で、陽子が呼んだ。
そして苦しそうな顔で、頼み込む。
「わたしが眠るまで、こうしていて下さいませんか。」
咳が酷い時は、身体を横にしていることが苦痛なのだ。
起こしていれば、多少は楽なのだが。
誰にだって、身に覚えがある。



しかし・・・



「わかった。」
うなずいて、延王は陽子の華奢な身体を抱え直した。
もたれかかったまま、陽子はそっと瞳を閉じる。
咳をするだけで、疲労する。
なのに眠りたくとも、横になるだけで苦しくて眠れない。



それにしても。
生きている時間こそ長いが延王は、なりは若い男である。
身体を起こしたことで楽になったのか、ほどなくすやすやと寝息を立て始めた陽子に延王は困ったような視線を向けた。



暑禍


信頼されているのは嬉しいが。
いくらなんでも、無自覚すぎないか。



この先、金波宮で陽子が体調を崩すことだってままあろう。
延王は、慶国の中枢で陽子を支えているはずの面々を思い浮かべた。



見目もよく、頭も良さそうで、動きも俊敏そうな若い男の姿ばかりが浮かんで、延王は顔を顰めた。
それとも。



「俺は、見込みがあると自惚れても良いのか。」
小さく声に出してはみるが。
眠ってしまった隣国の女王からはもちろんいらえはなく。



延王は陽子の額に愛しげに口付けると、臥牀の中に横たえてやった。









2002.9.5 UP








H.v.H.さまからの、サイトデビューさん限定プレゼントSSvv
「これは戴かねばならーん!」と、かっぱらってまいりました(^_^)。
なんか、目障りなヘボ絵がところどころに貼り付いてますが(笑)、
「キリリクを戴いて、ヘボ絵を添える」というのが、
私の野望だったのです!!!
(なんてハタ迷惑な…)

無自覚陽子(><v)!!!慌てる延王(><vv)!!!!
くーーーーーっ!ツボっっ!!!

戸惑いながらも陽子をしっかり抱きとめつつvv、金波宮にいる男共の値踏みをする延王〜〜(^_^)。うふふふ〜(萌vv)。頭の中が延陽に染まりましたvv
はーさま、お風邪の副産物(^^;)、ありがたく頂戴致します!vv
ご馳走さまでしたvv


戻る

 

2style.net