SSには載せられないようなタイトルのない超短文はここに!
いつの間にか増えてたりします(´`*)大分古いのも……。
前に拍手に置いていたお礼文なんかもここ。



* * *


「寒いーっ」
首に巻いたマフラーから、少しでも暖を得ようと顔を埋めた彼女が眉を顰め、不機嫌そうに呟いた。
白い息と共に発せられた言葉は独り言なのか、それとも自分に向けられたものなのか。
はっきりと理解することは出来なかったのだが、隣でいつもよりも随分早く足を進める―きっと寒いからだろう。――佐藤さんの 言った事は正しかった。確かに、寒い。
ついこの間まではどの天気予報を見ても例年より温度が高いと言われていたし、新聞にも今年の冬は暖かくて色んな所に影響を及ぼしているだとか 書かれていたはずなのに、ここ数日で気温はぐんと下り、今日なんて雪が舞うくらいにまで落ち込んだ。
寒さには強いほうで、ちょっとぐらいの寒さであれば我慢できる僕でも寒いと感じたのだから、寒がりの彼女にはよっぽど堪えた筈だ。
部屋の中に居るときでさえ、ストーブの前や炬燵に陣取って、一旦その場所についてしまえばちょっとしたことでは絶対に動かないぐらいなのに、 この寒さの中に出た佐藤さんが平気な筈がない。
実際、僕が今目にしている横顔は今にも泣き出してしまいそうで。
「寒いですねぇ」
言いながら見上げた空は綺麗に澄んでいて―恐らく気温が低いからだと思う。――、それはそれで冬独特のものだから良いとは思うのだけれど。
贅沢を言えば、もう少し、せめてあと二度くらいは気温が高ければ……まぁ、こんなことを言っても実際に気温が上がる訳でもないのだから 無駄なことに過ぎないが、違う事に思考を巡らせておかないと、寒い寒いばかりを繰り返してしまう気がするのだ。
そのくらい、頬を掠める風は冷たい。
無意識にポケットに突っ込んでしまっていた手に息を吐きかけていると、肩からずり落ちてしまったらしいマフラーを巻き直していた佐藤さんの手に眼がいった。
一緒に帰る時(と言っても二人で帰れる時なんて滅多にないのだけれど。)、いつもなら手袋をしている手は、何故か今日は肌色のまま。
見るだけだとそんなに小さく感じない掌が、本当は自分より二回り以上も小さいことを、そしてその小さな掌が柔らかいことも、僕は知ってる。
もしかしたら家に忘れてきてしまったのかも知れないな、なんて頭の片隅で思ったときには、既に体が動いていた。


「佐藤さん」
俯きがちだった顔が此方へと向けられ、目の前に差し出された手と僕の顔を交互に見比べている彼女の丸い瞳は、まるで 目の前で振られるねこじゃらしに飛びつこうかと迷っている子猫の様で。
不思議そうに見開かれた瞳と眼が合ったところで、もう一度手を差し出すと、その上に小さな掌がおずおずと重ねられた。
今までにも手は繋いだことは何度もあるけれど、手の中にある掌を感じる度に、嬉しくなってしまうのは今だって変わってない。
冷たい手を少しでも温められるように軽く握ると、佐藤さんはてくてくと先に歩き出してしまう。これもまた、もう幾度となく繰り返されたこと。
風に靡いて露になった耳が、微かに赤くなっているのを見て小さく吹き出す、それに気付いたらしい彼女は振り返って僕の手を引っ張った。
「もう、置いていっちゃうからね!」 早口で告げられたその言葉が照れ隠しだと言うことを、僕はちゃんと知っているから。


小さな掌を、今度はさっきよりも僅かに強く握り返した。


* * *


朝から書いていた報告書もなんとか一段落つき、高木が自分の腕時計に目線を落とすと既に一時を回っていた。
それを目にした途端に空腹を訴え始める自分の身体に小さく苦笑いする――どうやら報告書を書くことに集中していて、空腹感を感じなかったようだ。
出来上がったばかりの報告書を、上司である目暮警部の机上に置いた(机の主は昼食を摂りに行っているのだろうか)。
きょろ、と辺りを見回すと、まるで何処かの会議室であるかのように沢山の机が並べられているこの部屋には、高木を含めて二、三人しかいない。
多分、それぞれご飯を食べに行ったり別の事件の調査に行ったりしているのだろう…そこでふと頭に過ったのは、つい一時間程前まで自分の隣で同じ様に書類と格闘していた佐藤の顔。
(何処行ったんだろ・・・・・・?)
集中はしていたものの、隣に座っていた佐藤が立ち上がった気配を感じたのは感じた・・・気がする。
その時は頭の片隅でコーヒーでも飲みに行くのだろうか、なんて思っていたのだがそれにしては戻ってくるのが遅い。
もしかして、必要な資料でも取りに行ったのか? 刑事の性なのか、一旦気になってしまうとどうしても気になる。そこら辺は、高木も今や刑事らしくなった、と云えるところだろう。
思いを巡らせている内に、また身体が空腹を訴え始めた。もしかしたら彼女もまだご飯を食べてないかも知れないな、と微かな希望を胸に抱きながら机の上に置きっぱなしだった携帯と財布をポケットに突っ込み、部屋を後にした。


一課を出た高木は、休憩室へと歩を進めていた。丁度喉も渇いたし、コーヒーも飲みたい。それにもしかしたら佐藤も其処にいるかも知れないと思ったからだ。
角を曲がろうとした時、見慣れた背中と、その前には交通課の婦警であり、そして彼女の親友でもある由美の姿が高木の目に映った。
声を掛けようかとも思ったが、此処最近の由美の行動を思い起こして開きかけた口を閉じた。


高木が佐藤と付き合いだしたのはもう三ヶ月ぐらい前のことになったのだが、このことに関しては高木も、そして佐藤も他の誰かに言ってはいなかった。
高木自身は、付き合っていることが"佐藤ファンクラブ"の面々に知られたら自分の身が危ないと思っていたせいでもあったが(実は既にバレてしまっていたりするのだが、幸か不幸か、高木はそれを知らないようだ。)、佐藤の理由はそうではないようだった。――勿論、佐藤自身は自分が人気があるとは微塵とも思ってないし、気付いてもないのだけれど。
由美さんぐらいになら教えても大丈夫じゃないだろうか、と高木は思うのだが、当の彼女はその質問に首を横に振った。別に拒絶する、とでも云う風でもなかったし、どっちかと云えば自分から言うのが嫌なだけなのかもしれない。
高木が思うに、佐藤の性格からしてみればそう言う事を自分から言うのは恥ずかしいが、いざ由美の方から尋ねられれば照れ臭さもあってつい否定してしまうのだろう。
そしてそういう場面に高木が遭遇すると、由美に、それは楽しそうにからかわれるのだ。お決まりのように。


それもあって、高木は声を掛けずにその場で立ち止まった。
すると、それまで佐藤の方を見て話していた筈の由美が彼に気付いたらしく、彼女の顔には瞬時に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。話相手である佐藤は気付いていないようだ。
内心冷や汗を掻いた高木だったが、由美は再び佐藤へと目線を戻した。
(・・・・・・?)
思わず、首を傾げていた。目が合って口元に笑みを浮かべた彼女が、右手の人差し指を腰の横辺りで三回、上下に動かしたのだ。
ちょっと考えたが、どうやら『其処で待ってろ、』みたいな意味だろうと解釈した高木は、言われたままに傍の壁へ背中を預けた。 それをきっちりと確認したらしい由美が、再び笑みを浮かべながら口を開いた。


「ねぇ美和子の好きな人って誰なの?」
途端にガバリと凭れていた壁から身体を離した男が約一名。
そんな、傍から見れば明らかに挙動不審な彼にはまだ気付かず、ただ由美の突然の質問に首を傾げたのは佐藤だ。
なんとか体勢を立て直した高木を、視線の端のほうで捉えた由美が小さく吹き出したのと、佐藤が言葉を発したのは同時だった。


由美、そして高木の耳に入ってきたのは。


「歩美ちゃん」
「「へ?」」
思わず素っ頓狂な声を上げた由美(と挙動不審な男)には構わず、佐藤はにっこりと笑みを浮かべて可愛いわよね、と続けた。


「どうした高木、そんなとこで」
壁に頭をくっつけて肩を落としていた高木に声を掛けたのは、丁度昼食から戻ってきたらしい千葉。


その一時間後、高木から理由を聞いた千葉がお腹を抱えて笑い転げていたのは、また別の話。


* * *


「・・・・・・何でこんなとこ引っ掛かれちゃったわけ?」
「何ででしょうねぇ・・・」
ヘラリ、といつものように人懐っこい笑みを浮かべながら――いつもよりは多少の苦笑いが混じっているが――首を傾げるのは高木。
それに対し、美和子は小さく溜め息を吐いて、手にしていた絆創膏を目の前に座った彼の左頬に貼り付けた。
高木がとある事件の捜査を終え、この部屋(つまりは一課の大部屋なのだが。)に戻ってきたのは、つい先程のこと。
一昨日二丁目で起きた殺傷事件の犯人を追っていた彼に、犯人がその付近で目撃されたという情報が入ったのが八時頃。いくら今が夏真っ盛りで日が沈むのが遅いと云っても、流石に八時にもなると辺りは暗くなっていたのだが、勿論犯人も事件もそんなことはお構いなしだ。
慌てて出て行った高木の背中を美和子がちらりと見掛けてから、既に二時間が経過。(彼女は彼女で別の事件の取調べが入っていたから、全くの別行動だったのだ。)現在の時刻は十時過ぎ。
今日が夜勤である高木と美和子を除き、この部屋に人影は見当たらない。二人が交わしている会話の他に聞こえるのは、時を刻む秒針の動く音ぐらいだ。それ程、部屋の中は静寂を保っている。
勿論他にも夜勤の者はいるが、此処にはいない。恐らく仮眠を取っているか、休憩室にいるかのどちらかなのだろう。…尤も、他の誰かが近くにいれば、こんなことは出来ないのだが。
帰ってきた高木の頬に切り傷が出来ていることに気がついたのは、取調べを終え、たまたま机で報告書を書いていた美和子が一番最初。
で、大丈夫と言い張る彼を無理矢理自分の席に座らせて、冒頭に戻る。


「ナイフか何かの傷?・・・コレ」
たった今自分が貼った絆創膏を示しながら、美和子が再び尋ねる。その表情はあからさまにそうだとわかる事はないけれど――少なくとも高木はそう思った・・・―、何となく心配そうで。
「いえ、爪ですよ。 そんなに深くは切れてない筈ですしね」
その心配そうな表情を安心させてやりたくて、高木は笑顔を浮かべた。
彼の話によると、頬の傷は確保の際に犯人ともみ合い、どうやらその時に出来たものらしい。彼の言うとおりに傷そのものの深さはなかったが、かなりの勢いがあったのか、4センチ程の長さではあった。
「・・・早く治るといいわね」
「すぐに治りますよ。 だって、」
そこで一旦言葉を区切ると、高木は美和子の座っているキャスター付きの椅子を自分の傍に引き寄せ、顔を覗き込んで耳元に口を寄せた。(これも、辺りに人影がないからこその行動なのだが。・・・ばれたりでもすれば、高木は間違いなく、少なくとも三時間は取調室から出てこないだろう。)


「!」
彼は一体何を囁いたのか。その言葉を聞き取ることは出来なかったが、どうやら耳にした方にとってはよっぽど恥ずかしいものだった・・・らしい。
ぼっ、とまるで火がついたように、一気に美和子の頬に朱が走った。
「な、なな何言い出すのよ、ばかー!」
「はいはい、ばかですよー」
ヘラリ。
また笑った高木が、床を蹴って椅子を元の場所へと滑らせた。


――頬を真っ赤に染めて口にされたその言葉が、精一杯の照れ隠しだと知っているから。
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