*はんぶんこ




彼女の火照っている頬を撫でていると、ゆっくりと瞼が開いた。


『え、僕が…ですか?』
『他に誰か見えてるの?』
恋人が急に仕事を休んだことも、その理由が風邪だということも知っていた。
本人から直接メールで教えて貰ったのだから。


一昨日の夜、自分の部屋に泊まった彼女に服を着せるのを忘れ、そのまま眠りに就いてしまったせいかもしれないと思った。
しかし、そんなことを言ったところで彼女は慌てて否定するだろう。


今夜、彼女の母親がどうしても出掛けなきゃいけない用事があるらしく、少し様子を見に来てくれないかと彼女の親友である由美さんに連絡が来たとのことだ。
子供ではない彼女のために、其処まで言うということは、彼女の母は余程心配性なのか相当酷い症状なのかのどちらかだ。
そんなお願いをされた由美さんに、仕事が終わってから彼女の自宅へ行けと命令口調で言われたのだ。


『な、何で…僕?』
『私も今夜は用事が』
『……親友より合コン、ですか』


視線を泳がせる由美さんに冷ややかな視線を送ると『私も早く幸せになりたいのよ』等と言いながら腕を叩かれてしまった。


彼女が心配だという反面、彼女にただ会いたいと思う自分も居たのも事実だ。
叩かれた腕を抑えながらコクリと頷き返した。


彼女の母親が、鍵を入れているというポストを開けると、こそには真っ白な封筒が入っていた。
少し膨らむ部分を指の腹でなぞると、中身は鍵だと直ぐにわかった。
こんなところに鍵を入れて物騒ではないかと思いながらそれを使い『お邪魔します』と小声で言いながら彼女が居るであろう自宅へと入った。


何度かお邪魔したことのある彼女の部屋へ続く扉を開くと、部屋の隅にあるベッドの上に…彼女は居た。


彼女の側に駆け寄り、その愛しい名を呼ぶ。


顔を真っ赤にしながら、苦しそうに呼吸をする彼女は眠っているらしく、俺の声に気付いていない。


『美和子さん…』


大丈夫だろうか…と思いながら、彼女の体温を確かめるという理由を付けて、まだ冷えている掌で彼女に触れてみる。


そのまま、彼女の火照っている頬を撫でていると、ゆっくりと瞼が開いた。


「わ、たる…くん?」
「こんばんわ」


息を荒げながら潤んだ瞳を向ける彼女に色気を感じてしまったらしく…不謹慎だとは思うが、俺の心臓は煩く騒ぎ始めた。
これも健全という証拠だろうと自分に言い聞かせながらも、苦しんでいる彼女にそんなことを知られてはいけないと必死に笑顔の裏にそれを隠す大人な自分も居た。


「ど、して?」
「様子を見に来ました」
「…由美は」
「幸せになりたいそうです」
「?」


母親から由美さんが様子を見に来るというのを訊いていたのだろう。
彼女はただひたすらに驚いていた。


「…熱、大丈夫ですか?」
「ええ…だいぶ」


普段、健康だと体調を崩した時はとても気が滅入ってしまうものだろう。
俺が本庁配属になってから、彼女が体調不良で休んだことは無い…と思う。


無理して笑う彼女の額に手を乗せると「冷たくて、気持ちいい」と瞼を閉じた。


「何か、恥ずかしいわね」
「何がですか」
「こんなとこ、見られたくなかった」


額が熱いということは分かったが、それがどのくらいの温度なのか全く分からない。
上目遣いで、恥ずかしそうに口元を布団で隠す彼女は犯罪級に可愛らしい。


「何言ってるんですか」
「情けないじゃない」
「何も」


女性はもっと甘えるべきだと、布団を捲くる。
彼女の呼吸が俺の頬を滑った。
思考が散漫する自分に対し、病人相手に困ったものだと呆れてみせる。


真っ白なパジャマを着ているせいか彼女の肌が所々、汗で透けて見えている。
これは狙っているのか、挑発しているのか、試しているのか…否、天然だろう。


「由美さんの代わりに来たのはいいんですけど…何をしていいのか分からなくて」
「由美の代わり?」
「え、はい…」
「?」
「?」


彼女がキョトンとしているのを見て、俺はまた由美さんに嵌められたのだと知った。


今夜彼女の母が外出するということを以前から知っていた由美さんは、自分が見舞いに行くと母に偽り…そして自分を送り込んだのだろう。
いくら病人だからとはいえ、大きくなった娘の様子を見に来てと、彼女の友人に頼む親は早々居ないだろう。


もっと早くに気付くべきだったと溜息を付きながら『いつも同じ場所ばっかだと、美和子に愛想尽かされちゃうわよ』とニヤケながら由美さんに突っつかれたのを思い出していた。


そういうものかと真に受けてはいたが。
生憎、病人を襲うほど俺は出来ちゃいない…と思う。


「桃の、缶詰?」
「え」


いろいろと考えて乾いた笑いを漏らしていると、彼女は俺が鞄から取り出したものに視線を送って瞬きをしている。


「あ、はい…小さい頃、風邪を引いた時に食べさせてもらっていて」


何をしたらいいのか分からない。
看病なんてしたことがないのだから…。


ただ、幼い頃の記憶に残っていた。
母親の手の温もりと、優しい味の桃の缶詰。


「それ…貰っていいの?」
「食欲、ありますか」


彼女が頷くのを確認し、ポケットから缶切りを取り出すと「わざわざ持ってきたの?」と小さく笑っていた。


缶詰ごと差し出した桃を、力なくではあるが「美味しい」と頬張る彼女を見詰めながら…シェフの気持ちが分かるような気がすると薄っすら考えていた。


「早く、良くなるといいですね」
「もう大丈夫よ」
「頼りになりません」
「失礼ね」


空になった缶詰を受け取ると、強がりな彼女は膨れていた。
本当にだいぶ良くなったようだと思ったが、それは口に出さないことにした。


「汗で気持ち悪い」と言いながら、胸元に指を入れている彼女。
もうなんていうか…これは襲われても仕方がない領域ではないかと開き直りそうな自分が居た。


「美和子さん」
「なに?」
「桃、美味しかったですか?」
「ええ…あ!ごめん、全部食べちゃった」


久しぶりの食事だし、美味しかったから…と困ったようにしている彼女を見ていると、自然と笑みが零れた。


「僕、看病なんかしたこと無いんです」
「そうなの?」


彼女はとても分かりやすいと思う。
それがどうかしたの?といった様子で此方を見ているのだから。


「勿論、美和子さんの風邪を治すことも出来ません」
「もう大丈夫だって」
「頼りになりません」
「きりがないわね」


また同じことの繰り返しだと、不機嫌そうに視線を逸らそうとする彼女の頬に触れた。


「…半分、貰っていいですか?」
「はんぶん?」


桃はもう無い、というように目も丸くする彼女を瞼に残し、そのまま口付けをした。


「…っ、」


掌で触れている頬も、唇も、舌も…流れ出る吐息ですら、全てが熱い。
それが余計に俺を駆り立てている。


「な、によ!いきなり…」
「桃、全部食べちゃうから」
「…ごめん」


本当に謝らなきゃいけないのは、自分のほうだけれど。
頬を余計に赤に染めている彼女は、それに全く気付いていないようなので…白を切り通そうと思う。


「渉くん、風邪引いても知らないんだから」
「大丈夫です」
「頼りにならないわね」
「僕の白血球は頼もしいです」


そもそも、桃なんかに興味は無くて。
俺が興味を示すものは、常に貴方だ。


「半分は、自分でなんとかして下さいね」


正しい看病も知らないし、
刑事の俺に病気は治せない。


貴方を苦しめるものを半分貰えるのは、
彼氏の俺にしか出来ない特権です。


END.




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私がリクした内容は、『佐藤さんがダウンする話』と言うなんともありきたりなものだったにもかかわらず、こんなに素敵に仕上げて下さいました…!
流石です。流石私の相棒であり、相です。
彼女の書く美和さんは天然さんでありながらも無意識に色気を発してて。それが私のツボど真ん中で、いつも小説を読んではにやにやしているのですが、今回も勿論ニヤニヤしました。美和さんかわいいよ美和さん。
ウチの高木と同じくらい手が早い、高木も大好きですいいぞもっとやr(ry
素敵小説を本当にありがとうございました!これからも末長くよろしくっ(^0^)!
2style.net