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写真倉庫 » 2007年度『立命能』 |
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2007年11月21日に衣笠キャンパス以学館2号ホールで行われた公演『立命能』です。年間活動の集大成として、能「殺生石」ほか、舞囃子・仕舞など多数を上演しました。 |
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あらすじ: 摂津国(大阪府)・阿倍野の市で酒を売る一人の男(ワキ)の所に、毎日どこからともなく若い男達がやってきては酒宴をなして帰っていく。秋の真っ只のある日、市の男の振舞う酒に彼らは快く酔い、白楽天の詩句に興じたりしていた。そのうち、男の一人(前シテ)が松虫の音に友をしのぶといったのを聞きとがめてそのいわれを尋ねると、男は「昔この阿倍野の松原を二人の親しい友が通りかかったが、その一人がひどく虫の音にひかれて草むらに分け入ったまま帰ってこない。心配したもう一人の友が後を追ってみるとどうしたわけか草原の上に死んでいた。」と事の次第を物語り、実は自分こそがそのときの友の一人と打ち明けて帰っていく。市の男はさらに天王寺辺りの男から、残された一人がすぐ後を追って自害し二人が一つの墓に築き込められたことを聞いた(ここまで前半、舞囃子では省略される)。市の男が松風寒く吹き渡る阿倍野の原で回向していると、その弔いの声にひかれるように、亡霊(後シテ)が現れ、酒友の情を謡い、秋野にすだく虫の音に興じて舞を舞った。やがて天王寺の金が鐘が鳴り、東の空も白々と明け始めると亡霊は名残を惜しみながら消えていった。後にはただ草茫々と生い茂る阿倍野の原に鳴きすだく虫の音だけが残るのであった。
あらすじ: 東国へ向かって修行道中の僧(ワキ)が、美濃国(岐阜県)赤坂を通りかかったところ土地の僧(前シテ)に声をかけられ、「今日はある人の命日なので弔ってほしい」と回向を頼まれる。旅の僧は、弔う人の名が明かされないことを不審に思いながらも回向する。回向の後、旅の僧は土地の僧の庵にもてなされるが、庵は入ってみると仏像が一つもなく武具の類が所狭しと並べられている。この辺りは盗賊が多いので、警備のためこのような僧に似つかわしくない備えをしているとのことであった。やがて夜が更け休息を取ることとなったが、土地の僧が寝所に入ろうとするやいなや、土地の僧、またその庵は消え失せ、旅の僧は草むらに取り残される。旅の僧が土地の人から話を聞いたところ、土地の僧の正体は牛若丸に切られて死んだ大盗賊、熊坂の亡霊だろうということであった(ここまで前半、舞囃子では省略される)。旅の僧がさらに弔いをしていると、熊坂(後シテ)がありし日の姿で現れる。牛若丸が同行しているとは知らず、金売りの吉次一行を襲ったところ、郎等はすべて切り伏せられ、最後に老盗賊のプライドをかけて自分も牛若丸に挑んだがついに落命した様を再現する。
あらすじ: 玄翁(げんのう)(ワキ)と言う修行者が奥州(東北地方)より都に上る途中、下野国(栃木県)那須野ヶ原で石の上に鳥が落ちてくるのを見つけ不思議に思っていると、里女(前シテ)が現れ、これはあらゆるものの命を奪う殺生石なので近寄らないように言う。訳を尋ねると、昔鳥羽院に仕えた玉藻の前は化生の者であり、天子を病気にしようとしたところを見破られ放逐されてここで殺されたが、その執心が石になったのだと言う。玄翁が殺生石を供養して引導を渡すと、殺生石は二つに割れて化生の狐(後シテ)が現れ、供養を受けたことを謝し改心を約束して消え失せる。
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