立命館大学能楽部 - 能・狂言のサークル

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基本データ
分類:出家座頭狂言、平物
上演時間:約25分

登場人物
シテ: すっぱ(詐欺師)
アド: 田舎者

あらすじ

ある信心深い男が自宅に御堂を建てました。しかし、中に置く仏像がなく、仏師に頼んで仏を造ってもらおうとするが、男が住んでいるのは田舎なので仏師はいません。そこで都ならば仏師もいるだろうということで都に行きますが、仏師の住んでいるところなんて知るはずもありません。都で困った男は大声で仏像を買いたいことを言いまわります。その光景を見ていた人が一人。「のうのう、そこな人…」といかにも親切そうに自分が仏師であると近寄ってきました。田舎者は大喜びし、仏像を早速注文します。

次の日、田舎者が因幡堂に行くと、完成した仏像が安置されていました。その仏像出来栄えがすばらしかったので、田舎者は感激し、ついつい仏像に手を触れてしまいました。するとその仏像は人肌みたいで温かい!なんか変だな?つも思いつつ、さらに田舎者は印相(仏像の手の形)も気に入らなかったので、男に作り直しを依頼します。男は、「ここで私が印相を結べば、すぐ直りますよ。ンっ!直りました。」と言います。不思議に思った田舎者は仏像を確認しに行きます。さっきと仏像の印相は変わりましたがまた変な印相。それもそのはず、仏像は男が変装して演じているのですから。何度作り直しを頼んでも変な印相が現れ、繰り返すうちに、田舎者は男が仏像で、男自身をすっぱと見破ります。

みどころ

時間的に短く、セリフのみで話は進行しますが、そのセリフはスピーディーで見ていて飽きないものです。また話の内容も分かりやすく、人気曲です。よく能会にも出ますが、狂言会にも出ます。ポイントとしては仏像が出来上がってからの二人のやり取りで、すっぱと田舎者を演じる二人の役者の息が合わないとがたがたになります。また仏像の印相には決まった形がなく、役者のアドリブで役者のセンスが問われます。

毘沙門天が妹の吉祥天女

狂言「仏師」の途中、田舎者と仏師を騙ったすっぱがめぐり逢い、どんな仏像にするかということで、はじめすっぱは金剛力士像や天邪鬼をあげますが、田舎者に拒否され、ここの表題であげた「毘沙門天が妹の吉祥天女」を作ることになります。しか、現在の日本では「弁財天」や「毘沙門天」(毘沙門天は鞍馬にいますね。狂言には毘沙門天が登場する「毘沙門天」曲もあります。)は良く知られていてもさほど吉祥天女は知られていないのではないでしょうか?

吉祥天女はインド古代神話ではラクシュミー(シュリー)といわれ、三大主神ビシュヌ神の妃で愛の神カーマの母とされました。またマハーディービーで、三大主神の別の神であるシバァの妃とされました。また仏教では父は徳叉迦という竜王、母は鬼子母神で毘沙門天の妃とされました。また他の説に毘沙門天の妹とする説もあります。中国で吉祥天女像は、釈迦如来や千手観音の脇侍として毘沙門天とともに安置されます。

吉祥とは繁栄・幸運を意味し幸福・美富を象徴する神とされ、また密教では美女の代表として尊敬をされ、五穀豊穣も信仰されています。功徳は家内安全・罪障消滅・財宝金銭・商売繁盛・国土安穏などがあげられます。その姿は唐の貴婦人の服装に冠をかぶり、様々なアクセサリーを身に付け、天衣をまとい、左手に如意宝珠を捧げ、右手には施無隈印を結ぶ事になっています。

「おん まかり しえい そわか」この真言を唱えると大金持ちになれるそうです。また蓮華の花が一万本咲いている池で、左手に香炉を持ち、池に花を一本摘むごとに真言を唱える。これを一万回繰り返すと吉祥天女が現れ、願いをかなえてくれるそうです。


参考文献
TOPPA!瓦版第3号 茂山宗彦・茂山逸平と狂言へ行こう 茂山宗彦、茂山逸平 旬報社 2001

執筆: 2004年度入部 M. Y. 2005年度片山定期能6月公演に向けた部内研究冊子より

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