立命館大学能楽部 - 能・狂言のサークル

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基本データ
作者: 不明(観阿弥とも)
曲柄: 四番目物
季節: 十二月
場所: 熊野本宮

登場人物
シテ: 巫女(またそれに憑いた音無天神)
ツレ: 都の男、都より巻絹を熊野本宮に納める
ワキ: 勅使、各地より熊野本宮に届いた巻絹を管理
アイ: 勅使の部下

勅使(ワキ)が登場し、帝の霊夢により、巻絹を三熊野に納めるため全国各地から集めていること、その中でも都(京都)からの巻絹が遅れていることを告げる。

ワキとは
・・・シテの相手役です。最初に登場し、場面設定を明確にし、シテと話すことによってシテの情報を引き出します。またシテを際立たせるなどの重要な役割を持っています。多くの場合シテが幽霊など現実の世の人ではないのに対し、ワキは現実の男性です。今回は勅使ですが、曲によっては旅僧、山伏など様々です。

巻絹とは
・・・絹の反物のこと。ここでは千疋の巻絹が集められていますが、疋とは布二反分のことで、一反で一人分の着物が出来るので二千人分の量であり、大量です。能では水衣(シテが一番上に着ている白い衣)を竹に挟んだものを使用します。

都の男(ツレ)が登場する。音無天神に参詣し、梅に誘われ、和歌を詠む。

ツレとは
・・・能「巻絹」の前半を主に担当する第二の主役です。今回の場合、ツレが遅刻しないとシテが登場できません。他の曲ではシテの同伴者としての役割が多いです。

ツレの登場の仕方
・・・「次第」というシテやツレか登場するときに演奏される囃子とともに登場します。によって、旅の大変さや目的地までの距離など道中の情景を描き出します。

音無天神
・・・平安時代、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社を中心とした熊野三山への信仰が高まり、皇室や貴族をはじめ、武士や庶民階級にまで熊野詣が流行しました。その様子は蟻の熊野詣と言われるほどでした。ツレが訪れた熊野本宮の中に末社の音無天神社があります。音無天神社の祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)と言われています。明治22年の大水害のために流出し、現在、他の摂社などとともに旧社地大斎原の石祠に合祀されており、社殿はありません。

本曲の題材
・・・身分の低い人が梅の花を見て和歌を詠み、帝に手向けるという話が「沙石集」に見られます。このときの帝は後嵯峨天皇とされています。これ以外の天神信仰などは典拠がなく、新しい発想ではないかとされています。

巻絹を持った都の男が勅使の下に現れる。勅使は巻絹が一人だけ遅れたことを咎め、男を縛る。そこに巫女が現れ・・・

シテの登場
・・・シテとは能の主役のことです。この曲では巫女、また巫女に憑依している音無天神です。使用する能面は十寸髪(ますかみ)といい、眉間に皺が入り、美しい女性が苦悩に悩む顔つきをしています。神性をも表しています。シテが持っている幣(ぬさ)は神への供え物であり、神が宿るものとされています。また神が自身の象徴として持ちます。

巫女は呼びかける。「その人は昨日、音無天神で私に和歌を詠み手向けていたので遅れたのです。縄を解いて下さい。」、と。実はこの巫女は音無天神が憑依しているのであった。それを不審に思った勅使は、男に詠んだ和歌の上の句を言わせる。巫女は即座に下の句を言い、男の疑いを晴らし、縄を解く。そして和歌の徳について語る。

和歌の徳
・・・その後和歌の徳が語られます。昔は、梵語の呪文を翻訳せずにそのまま仏に読み唱える陀羅尼をすれば、仏の功徳を得ることが出来、同じように神に和歌を唱えれば、神の功徳を得ることが出来ると思われていました。この考え方が和歌陀羅尼説です。ここでは行基菩薩と婆羅門僧正の和歌のやり取りなど多くの和歌が登場します。また神が和歌を詠んだことも登場します。「出雲八重垣」は、古事記に記載のあるスサノオノミコトの「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」です。また「片そぎの寒き世」は、新古今和歌集の住吉明神の和歌「夜や寒き衣や薄き片そぎの行きあひの間より霜や置くらん」のことです。日本の神は人の前に現れ、和歌を詠むことから、和歌は陀羅尼であるという考え方が出てきたのでしょう。

巫女が祝詞を上げ、神楽を舞うと、神の威力が増して、どんどん狂おしくなり、激しくなる。やがて、神は天に上がり、巫女は本性に戻るのであった。

神楽
・・・幾種類かある能の舞事(囃子の演奏にあわせた舞)の一つで、神道における神楽を模したものです。女神や巫女が幣を持って優美に舞います。初めは神楽特有の舞をしますが、途中から幣を捨て、祝言を表す颯爽とした神舞に変わります。本曲以外では「三輪」「龍田」などで舞われます。小書き(特殊演出)がつくと、神舞になる部分が神舞にならず、全部を神楽特有の譜で舞います。巫女は、神楽が終わった後にノリの良い謡を挟んでイロエを舞います。イロエとは、舞台を一巡する間に様々な情景を表現するもので、巻絹の場合、神秘的な世界を表現します。

ポイント
・・・多くの能では、最初は普通の人であったのが後半から鬼になったり、神が宿ったりなど本質を現します。しかし「巻絹」ではシテが途中から神がかりになるのではなく、最初から神がかりの状態で舞を舞うところに特徴があります。また、劇的な演出として、縄をシテが解いてワキへ投げるという所作があり趣向を凝らしています。中でも一番の見せ所はやはり神楽にあります。神楽を舞う中で、数々の神が巫女に乗り移り、物狂いの状態になりますが、そのテンポのよさが印象的です。

余談
・・・実はインターネットで「巻絹」を調べると能「巻絹」と同じくらい植物の巻絹がヒットします。とてもかわいいので是非育ててみて下さい。たまに歌舞伎十八番「毛抜」の腰元巻絹もヒットします。


執筆: 2004年度入部 M. Y. 能楽部紹介冊子「幽姿」2007年度春号から
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