文章倉庫 » 狂言「舎弟」研究
登場人物 シテ: 弟 アド: 兄、教え手
あらすじ
とある兄弟の弟は、いつも兄から「舎弟」と言われていました。しかし、弟自身は何故そう呼ばれているのかわかりません。「舎弟って何?」そこで弟は物知りな教え手のところにたずねに行きます。教え手は、「こんな常識を聞くなど、こいつは馬鹿なやつだ」と思い、無知な弟をちょっとからかうことにします。教え手はなんと答えたかというと…「舎弟?それは盗人のことを言うんだよ。」
自分のことを盗人扱いするとは!怒りに怒った弟は兄に詰め寄り、ついには兄弟げんかになってしまいます。
みどころ・研究
気になる「舎弟」の本当の意味ですが、現代での意味とは違って「実の弟」のことを言います。なので兄は、純粋に弟のことを呼んでいたのです。漢語が庶民に普及しきっていなかったことが如実に表れている作品と言えます。何も間違っていないのに弟に怒鳴り散らされる兄はかわいそうと思われがちですが、実はこの兄は茶碗や牛など様々な盗みをはたらいていました。兄弟げんかで弟がこれを指摘します。これでは兄こそが本当の「盗人」。とにかくこの作品の示す教訓は、他人に間違ったことを教えてはならないということでしょうか。
弟に嘘を教え、兄弟げんかをみてほくそえんでいる教え手ですが、人物は違えども他の狂言にも教え手は多数登場します。例えば「八幡前(やはたのまえ)」。あらすじは、とある長者が、「一芸あるものをわが娘の婿としたい」という札を掲げます。この募集を見た男(シテ)は志願したいと思いますが、肝心の一芸がありません。そこで登場するのが教え手。男が長者の前で芸(歌と弓矢)を披露できるよう、熱心に教えます。「舎弟」教え手と違ってとても献身的ですね。他の教え手が登場する狂言作品を見るときは、このような違いを見るのも面白いかも知れません。
さて「八幡前」はどうなったか…?いざ長者の前で芸を披露しますが、矢は反対に飛んでいくは、歌は詠み間違えるはで、教え手の努力も空しく男は大恥をかいてしまいます。
狂言装束と紋
狂言装束は能装束と違って麻を主に使用しており、その素材に大きな特徴があります。麻などは、一般庶民の衣に主に使用された素材。狂言の登場人物も一般庶民がほとんどであるため、その装束のデザインも庶民的でユーモアがあります。
しかしデザインだけでなく、背中の首の下にある紋をよく見てみましょう。細かくて分からないかも知れませんが、そこには雪薺紋(ゆきなずなもん)、つまりたんぽぽの紋が付いています。流派関係なく、狂言の装束のほとんどにこの雪薺紋が付いているのですが、なぜ雪薺なのでしょうか?昔、能役者と比べて狂言役者は一段低く見られていました。このような境遇の中でも踏まれても力強く生きる雪薺のように生きていこう、という気持ちを表したものなのです。しかし、雪薺紋は狂言だけでなく能シテ方の装束にも見ることができます。例えば「鉢木(はちのき)」という能のシテなどがつける素襖(すおう)の胸の部分。…ではシテ方も身分は低かった?そうではありません。特に江戸期の能役者は武家に出仕してお抱え能役者となったスタイルか一般的でした。一説ですが、素襖など胸にその家の家紋が入ると家争いになりかねない、という理由で雪薺紋に統一されたようです。紋は狂言の能のいろいろな歴史を物語ってくれますね。
参考文献 狂言ハンドブック 三省堂 2003
執筆: 2003年度入部 A. S. 2004年度片山定期能9月公演と観世蛍雪会に向けた部内研究冊子から