立命館大学能楽部 - 能・狂言のサークル

文章倉庫 » 能「野守」後半現代語訳


シテ:鬼神 ワキ:山伏 場所:大和の春日野 地謡:コーラス兼ナレーター
(半能なので前半の山伏が『何でも映す鏡が見てみたい』と言っているシーンはカットです。また原文は一部字体等を改変してあります)

ワキ『かかる奇特に逢うことも。これ行徳の故なりと。思ふ心を便りにて。鬼神の住みける塚の前にて。肝胆を砕き祈りけり。我、年行の劫を積める。その法力のまことあらば。鬼神の明鏡現して。我に奇特を見せ給えや。南無帰依仏。』 奇跡にあうのも私の徳のおかげだと思う心をたよりにして、鬼神が住むという塚の前で、一生懸命祈りました。私は何年も修行をしています。その修行の成果が本当なら、鬼神の何でも映す鏡が現れるような奇跡を起こしてください。お願いします仏様。
シテ『ありがたや。天地を動かし鬼神を感ぜしめ』 ありがたい。お前の祈りが天地を動かしたので私は感動したよ
地謡 土砂。山河草木も 大地や山や川、草や木も
シテ『一仏成道の法味に引かれて』 仏法の力で動かされて
地謡 鬼神に横道曇りなく。野守の鏡は現れたり 鬼神に邪な曇りはない。全てを映すと言われる野守の鏡はここに現れた
ワキ『恐ろしや打火輝く鏡の面に。映る鬼神の眼の光。面を向くべきやうぞなき』 火打石の炎に輝く鏡の面に、鬼神の眼の光が映って恐ろしい。まともに見られない。
シテ『恐れ給はば帰らんと。鬼神は塚に入らんとす』 そんなに怖がるのならもう帰ってしまおうと、私は住処の塚に入っていこうとする。
ワキ『しばらく鬼神待ち給へ。夜はまだ深き後夜の鐘』 あぁ、鬼神よ待ってください。修行が始まる寅の刻(午前四時)まではまだ時間があります
シテ『刻はとら伏す野守の鏡』 まだ時は寅にもならないか。
ワキ『法味にうつり給へとて』 仏の力でまだここにいてください
シテ『重ねて数珠を』 そう言うと山伏は数珠を重ねて
ワキ『押し揉んで』 押し揉んでジャラジャラと鳴らした
地謡 台嶺の雲を凌ぎ×2 年行の劫を積むこと一千余箇日。しばしば身命を惜しまず採果。汲水に暇を得ず。一 矜迦羅 二 制多伽 三に倶利伽羅 七大八代金剛童子 山伏は高山の雲より高い所で千日余りの修行を積んできた。命も惜しまず厳しい修行に耐えた。鏡に矜迦羅(こんがら)童子、制多伽(せいたか)童子、倶利伽羅(くりから)竜王、そして八人の金剛童子など仏法の守護神が次々に映る。
ワキ『東方』  
シテ(舞働)『東方。降三世明王もこの鏡に映り』 (勇壮な舞)東に向ければ、東の守護神である降三世(ごうざんぜ)明王もこの鏡に映り
地謡 又は南西北方を映せば 他の方位に向けると各々の守護神が映る
シテ『八面玲瓏と明らかに』 鏡に映せば四方八方は明るく澄み渡る
地謡 天を映せば 天を映せば
シテ『非想非々想 天まで隈なく』 有頂天(天界の頂上)までくまなく映る
地謡 さて又大地をかがみ見れば さて、また大地を鏡で見れば
シテ『まづ地獄道』 (六道で一番深い)地獄が
地謡 まづは地獄の有様を現す一面八丈の浄玻璃の鏡となって。罪の軽重 罪人の呵責。打つや鉄杖の数々。ことごとく見えたり さてこそ鬼神に横道を正す。明鏡の宝なれ。すはや地獄に帰るぞとて。大地をかっぱと。踏み鳴らし。大地をかっぱと。踏み破って。奈落の底にぞ。入りにける。 地獄の有様が鏡に映る。閻魔大王が生前の罪を見定めるのに使う浄玻璃の鏡のように、野守の鏡には罪の重さが映り、たくさんの罪人が鉄棒で打たれて罰を与えられている姿が全て見える。山伏はその恐ろしさに鬼神に正しい仏の道を歩むことを誓う。これこそ宝物である真実の鏡のすばらしさ。 鬼神は「さぁ私は地獄に帰るぞ」と言って、大きな音を立てて大地を踏み鳴らした。そして大地を踏み破って、その割れ目に飛び込んで地獄へと帰っていった

執筆: 2006年度入部 K. F. 2007年度春季「一樹の会」パンフレットから
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