立命館大学能楽部 - 能・狂言のサークル

文章倉庫 » 能「殺生石」全文現代語訳


シテ:里女 後シテ:野干 ワキ:玄翁道人(げんのうどうじん) アイ:玄翁の供 地謡:コーラス兼ナレーター 場所:下野国(栃木県)那須野
一部原文と字体や句読点を変えた部分があります。また厳密な現代語訳ではありません。ご了承ください。尚、非常に分かりやすい能なので、このページよりも舞台を見てください、舞台を!!

ワキ『心を誘う雲水の。心を誘う雲水の。浮世の旅に出でうよ。』 雲や水に心が誘われるままに、所定めのない行脚の旅に出よう。
ワキ『これは玄翁と云へる道人なり。我、知識の床を立ち去らず、一見所を開き。終に払子を打ち振って世上に眼をさらす。この程は奥州に候ひしが。都に上り、冬夏をも結ばばやと思い候。』 私は玄翁と言う道人です。私は悟りをひらくため禅の床を離れず、とうとう禅の悟りを手に入れて見識を成就しました。そのためこうして拂子を打ち振って旅をしながら人々に教えを説いて回っています。今回は奥州にいたのですが、都まで行って冬夏の修行をしようと思います。
ワキ『雲水の。身は何処とも定め無き。身は何処とも定め無き。浮世の旅に迷い行く。心の奥を白河の。結び籠めたる下野や。那須野の原に着きにけり。那須野の原に着きにけり。』 雲や水のように行脚の身は定めなく旅を続ける。浮世の旅に迷い、心の奥を知らぬまま下野に来て、那須野の原に着いた。
ワキ『急ぎ候程に、はや那須野の原に着きて候。』
アイ『ありゃ、落つるわ落るわ…』 あれまぁ、落ちるわ落ちるわ!!
ワキ『汝は何事を申すぞ。』 お前は何が落ちると言うんだ?
アイ『さん候只今この石の上に、鳥の舞い出でて候ひしがむらむらと落ちてそのまま虚しくなり申して候。』 はい、只今あの石の上を飛んでいた鳥が急にひゅるひゅると落ちてきてそのまま死んでしまったのです。
ワキ『さらば立ち越え見ようずるにて候。』 それはおかしな事だ。近くで見てみよう。
シテ『なう、その石の辺へな立ち寄らせ給ひそ。』 もし、その石の側に寄ってはなりません。
アイ『何事やら申して候』 何か言ってるみたいですね。
ワキ『そもこの石の辺へ立ち寄るまじき謂れの候か。』 何かこの石の側に寄ってはいけない理由でもあるのですか?
シテ『それは那須野の殺生石とて。人間は申すに及ばず。鳥類畜類までもさわるに命なし。かく恐ろしき殺生石とも。知ろしめされでお僧達は。求め給へる命かな。其処立ち退き給へ。』 それは那須野の殺生石と言って、人間はもちろん、鳥や獣でも近付けば死んでしまいます。これほどまでに恐ろしい殺生石にお近づきになるとは、お坊さま方は自ら死にたいとでも思っていらっしゃるのか。危ないのでそこから立ち退いてください。
ワキ『さてこの石は何時の世よりかく殺生をば致すやらん。』 それにしてもこの石はいつ頃からこの様に殺生などするようになったんだろう?
シテ『昔 鳥羽の院の上童に。玉藻の前と申しし人の。執心の石となりたるなり。』 昔、鳥羽院に寵愛された玉藻の前と言う女官がいましたが、その女の執心がこの世に残って石となったものがこれです。
ワキ『不思議なりとよ玉藻の前は。殿上の交わりたりし身の。この遠国に魂を留めし事は何故ぞ。』 それは不思議な事です。玉藻の前は都の宮中に仕えたはずなのに、こんなに都から離れた地に魂を留めたと言うのはどうしてでしょう?
シテ『それも謂れのあればこそ。昔より申し慣わすらめ。』 それも理由があってのこと。昔から話が伝わっています。
ワキ『御身の風情、言葉の末。真を知らぬ事あらじ。』 あなたの様子や言い様をみるに、詳しい事を知っているようにお見受けします。
シテ『いや委しくはいさ白露の玉藻の前と』 いや、詳しく知っているわけではないですが…
ワキ『聞きし昔は都住まひ』 昔は都住まいの玉藻の前が
シテ『今魂は天離る』 今、魂は都から離れ
ワキ『鄙に残りて悪念の』 辺境に残った悪念は
シテ『なほも現すこの野辺の』 まだなおこの野に凝り固まって
ワキ『往来の人に』 通る人々に
シテ『仇を今』 害を為し続ける
地謡『那須野の原に立つ石の。那須野の原に立つ石の。苔に朽ちにし跡までも。執心の残し来て。また立ち帰る草の原。物凄ましき秋風の。梟 松桂の。枝に鳴きつれ 狐 蘭菊の花に隠れ棲む。この原の時しも物凄き秋の夕べかな。』 那須野の原に立つ石は、その人の身が朽ち果てても、執心は残り続けて何度でもこの草原に帰ってくる。もの悲しい秋風が吹く。梟は松や桂の枝に鳴き、狐は蘭や菊の花の中に隠れ棲む。この原は折しも荒涼とした秋の夕暮れとなる。
ワキ『なほなほ、玉藻の前の御事委しく御物語候へ』 玉藻の前の事をより詳しくお聞かせください。
地謡『そもそもこの玉藻の前と申すは出生出世定まらずして。何処の誰とも白雲の。上人たりし身なりしに』 そもそもこの玉藻の前という女、生まれも育ちも詳しくはわかりません。何処の誰ともわかりませんが、高貴な女性でした。
シテ『然れば好色を事とし』 常に美しく着飾り
地謡『容顔美麗なりしかば。帝の叡慮浅からず。』 容姿も美しいため帝はとても贔屓にしていました。
シテ『ある時玉藻の前が智慧を計り給うに。一字滞る事なし。』 ある時玉藻の前に知恵試しをしたところ、その答えは一言も淀むことがありませんでした。
地謡『経論聖教和漢の才。詩歌管弦に至るまで問うに答への暗からず。』 聖人の教え、経典の教え、和漢の才能、詩歌や管弦に至るまで、様々な問題を出したが間違いなく答えを返した。
シテ『心底曇りなければとて』 万事に明らかで曇りないという事で
地謡『玉藻の前とぞ召されける』 美しく澄んだ玉に喩えて玉藻の前と呼ばれていた
地謡『ある時帝は。清涼殿に御出なり。月卿雲客の堪能なるを召し集め。管弦の御遊ありしに。頃は秋の末。月まだ遅き宵の空の。雲の気色すさましく。うちしぐれ吹く風に。御殿の燈消えにけり。雲の上人立ち騒ぎ。松明とくと進むれば。玉藻の前が身より。光を放ちて。清涼殿を照らしければ。光 大内に充ち満ちて 画図の屏風 萩の戸 闇の夜の錦なりしかど。光に輝きて。ひとえに月の如くなり』 ある時、帝は清涼殿にいらっしゃった。高貴な人々で優秀な者を召し集め管弦の遊びをなさっていました。頃は秋の末。月がまだ見えない宵の空、雲の様子はただならない。突然吹いた風に御殿の明かりが消えた。殿上人らは大騒ぎし、松明を早くお持ちする。その時、玉藻の前が体から光を放って、清涼殿を照らし出した。光は大裏に充ち満ちて、今まで闇の中に沈んでいた清涼殿の果てにある画図の屏風や萩の戸までも輝き、まるで月が現れたようだった。
シテ『帝それよりも。御悩とならせ給ひしかば』 帝はその怪事があってから病気を患いなさった。
地謡『安倍の泰成占って。勘状に申すやう。これはひとえに玉藻の前が所為なりや。王法を傾けんと化生して来たりたり 調伏の祭あるべしと。奏すれば忽ちに。叡慮も変わり引きかへて。玉藻化生を元の身に。那須野の草の露と消えし跡はこれなり。』 陰陽師、安倍泰成が帝の御病気を占って書状に書いて申すによれば『これは全て玉藻の前の悪行です。この国を傾けるため、化け物が美女に化けて来たのです。怨敵悪魔を倒す祈祷をすべきです』と。報告を受けるとたちまちに帝の愛情は消え、玉藻は本性を現したが遂に倒され、那須野の草の露と消えた跡がこの殺生石です。
ワキ『かやうに委しく語り給ふ。御身はいかなる人やらん。』 この様に詳しく語って下さるとは、あなたは一体何者ですか?
シテ『今は何をかつつむべき。その古は玉藻の前。今は那須野の殺生石。その石魂にて候なり。』 今は隠すこともありません。その昔は玉藻の前と呼ばれ、今は那須野の殺生石に宿る、石魂でこざいます。
ワキ『げにや余りの悪念は。却って善心となるべし。さあらば衣鉢を授くべし。同じくは本体を。二度現し給ふべし。』 本当に大きすぎる悪念はかえって善心となるものだろう。それならば仏法を与え成仏させてあげましょう。そのためにもう一度本性を現してください。
シテ『あら恥ずかしや我が姿。昼は浅間の夕煙の』 ああ恥ずかしい、私の姿。昼に現れるには浅ましい身なので、日が暮れたら改めて本性をあらわしましょう。
地謡『立ち帰り夜になりて。立ち帰り夜になりて。懺悔の姿現さんと。夕闇の空なれど。この夜は明し燈火の。我が影なりと思し召し。おそれ給はで待ち給へと石に隠れ失せにけり。石に隠れ失せにけり』 立ち帰って夜になれば懺悔の姿を現そうと言う。夕闇の空だけれども、この夜に見るものは明るい燈火のなかに照らし出された私の影だとお思いになって、恐れる事なくお待ちください。そう言うと女は石に隠れて消えてしまった。
(中入り・間狂言)
ワキ『木石心なしとは申せども。草木国土悉皆成仏と聞くときは。もとより仏体具足せり。況んや衣鉢を授くるならば。成仏疑いあるべからずと。花を手向け焼香し。石面に向かって仏事をなす。』 木や石に心がないとはいえ、万物はみな仏と成ると聞く。それならば石にももとより仏となる素質は備わっているはずだ。ましてや仏法を授けるならば、成仏できることは疑いのないことだろう。花を手向け、香を焚き、石面に向かって供養する。
ワキ『汝 元来殺生石。問う 石霊。何れの所より来たり。今生かくの如くなる。急々に去れ 去れ。自今以後 汝を成仏せしめ。仏体真如の善心と成さん。摂取せよ』 汝は元々殺生石の身。石の精霊に問う。何処から来て、今このように悪事をはたらくか。今すぐ在るべき場所に去れ。これより先、真の善心としてお前を成仏させてやろう。この祈りを受け取り、成仏するがいい。
シテ『石に精あり。水に音あり。風は大虚に渡る。』 石には精霊が宿る。水に音があり、雲が大空を吹き抜ける。
地謡『像を今ぞ現す石の。二つに割るれば石魂 忽ち現れ出でたり。恐ろしや。』 今こそ姿を現す。石は二つに割れ、たちまち恐ろしげな石魂が現れ出た。
ワキ『不思議やなこの石二つに割れ。光の中をよく見れば。野干の姿はありながら。さも不思議なる仁体なり。』 不思議なことだ、この石が二つに割れ、中から溢れた光の中をよく見れば、野干(狐)であるが、人間の体をもつ不思議な姿が見える。
シテ『今は何をかつつむべき。天竺にては斑足太子の塚の神。大唐にては幽王の后褒 と現じ。我が朝にては鳥羽の院の。玉藻の前とはなりたるなり。』 今は何も隠すことはない。天竺では斑足太子に大量虐殺を命じた塚の神、大唐では幽王の政治を腐敗させた王妃褒似となり、日本では鳥羽院の玉藻の前に転生した。
シテ『我 王法を傾けんと。仮に優女の形となり。玉体に近づき奉れば御悩となる。既に御命を取らんと。喜びをなしし所に。安倍の泰成 調伏の祭を始め。壇に五色の幣帛を立て。玉藻に御幣を持たせつつ、肝胆を砕き祈りしかば。』 我は国を傾けてやろうと美女の姿に化けて、帝の御体に近づいたら帝は御病気となった。すでに御命はいただいたも同然と喜んでいたところ、安倍泰成が調伏の祭をはじめ、祭壇に五色の幣帛を立て、私に御幣を持たせて懸命に祈りはじめたのだ。
地謡『やがて五体を苦しめて。やがて五体を苦しめて幣帛をおつ取り飛ぶ空の。雲居を翔り海山を越えてこの野に隠れ棲む』 すぐに玉藻の前は全身で苦しみだし、祭壇の幣帛をむしり取って、空を飛んで逃げた。雲を翔け、海山を越えてこの野に隠れ棲んだ。
シテ『その後 勅使立って』 その後勅使が立って
地謡『その後勅使立って。三浦の介 上総の介 両人に綸旨をなされつつ。那須野の化生の者を。退治せよとの勅を受けて。野干は犬に似たれば犬にて稽古。あるべしとて百日犬をぞ射たりける。これ犬追物の始めとかや』 その後勅使が立って、三浦の介と上総の介の二人に命令をくだした。那須野に逃げた化け物を退治せよとの命令を受けて、狐は犬に似るから犬を的に弓矢の稽古するのが良いと考え、百日間犬で稽古をした。余談だがこれが弓術種目『犬追物』の始まりだとか。
シテ『両介は狩装束にて』 二人の介は狩装束を着て
地謡『両介は狩装束にて数万騎那須野を取り籠めて草を分つて狩りけるに。身を何と那須野の原に。現れ出でしを狩人の。追っつまくっつさくりにつけて。矢の下に射伏せられて。即時に命を徒らに。那須野の原の露と消えてもなほ執心は。この野に残つて。殺生石となつて。人を取る事多年なれども今逢い難き御法を受けて。この後悪事を致す事。あるべからずと御僧に。約束堅き石となつて。約束堅き石となつて。鬼神の姿は失せにけり。』 二人の介は狩装束を着て、大軍を率いて那須野を包囲した。草をかき分け探したところ、妖狐が那須野に姿を現したので、追い立て追い詰め、とうとう射程距離まで追い込んだ。妖狐は放たれた矢に射抜かれて即死。しかしその身が那須野の露と消えても、なお執心はその野に残った。執心は殺生石となって長年に渡って人をとり殺していたが、今ありがたい供養を受けて、これ以後は決して悪事を行わないと玄翁にかたく誓うと、化け物の姿は消えていったのだった。

執筆: 2006年度入部 K. F. 能楽部紹介冊子「幽姿」2007年度秋号から
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